平成15年6月の日誌
過去の日誌の目次へ

2003.6.28(土)

(うし丸)
 今日もよか天気でしたばい。
 午後から運天の調査に行って来ました。
 そのことを一杯書こうと思ったのに、お花の水換えをしてたら、
時間がなくなっちゃったよ〜ん。

 ヤラブの木の下の、昔の護岸のこと。
 ウプガーの下の畑に架かる、三つの種類の橋のこと。
 上間商店の横に咲いてた、赤い花のこと。
 それから、仲原館長に命令されて、上間商店で購入し
ダッシュで館長にお届けした「ある物」のこと。
・・・そんなことをお伝えしたかったのですが・・・。

 来週写真ができますので、読み込みの練習をしながら、報告いたすとするか!

 朝、こーずーさんちの「花の三姉妹+お母さん」(注:[花]の形容詞は、お母さんにも掛かる)が、センターにアイスクリンを持って来てくださいました。
 おいしかった〜〜〜。タンディガタンディ!!

 さて6時です。
 おなかを空かせた2匹にごはんを作らなくては。
(お米炊くのと、お味噌汁はおっとっとがしてくれてます。ありがとう!)
 差し入れアイスクリンを忘れずに!
 
 ではまた来週。



2003.6.27(金)
(こず)
 お久しぶりですо(^O^)о
 梅雨も明け、空を見上げるとギラギラ太陽が輝いています。まさに南国。
普段、室内でお仕事している私は外に出ると、「うっ、暑くて焦げそう・・・」と思わず呟いてしまいます。しかし、発掘現場のみなさんの働く姿を見ていると、そんなこと言ってはいられません。(暑い中働くみなさま、おつかれさまです ^0^;)気合いをいれて働き、夏!太陽に負けないようにしなきゃ。もちろん日誌の書き込みも忘れないように・・・(6月は今日も含めて4回しか書いていない・・・)ミーちゃんのように寝ていたのかしらぁ??
 あっ、でもミーちゃんも看板ネコとしてお仕事してますよ。お外で寝ていたはずなのにお客さまと一緒に入ってきて窓口に上がって座り、ニコニコーっと営業スマイルしています。その後「働いたんだからご飯ちょうだいよぉ〜」といわんばかりににゃーにゃー騒いでいます!!あいかわらず元気なミーちゃんです。


 今、「昔の生活道具」について、どんな風に使っていたとか、その頃の道具にまつわる話などについて、いろいろ考えている最中です。
 生活が豊かになり、それと共に生活道具もより便利になった現代。いつも当たり前のように使っている道具ですが、「各家庭に電気がなかった頃はどうしていたのだろう・・」などと考える時、展示室にある道具たちを見ると当時の生活の様子が少しだけ見えてくるような気がします。
 でも、使ったことのない私たちには「昔の古〜いもの」として見えてしまいがちですね。実際使っていた‘声’を聞くことで道具を手に取ることができるのではないでしょうか。これから、その‘声’を聞いてみようと思っています。

 今週始まったばかりと思っていたのに早い、もう金曜日・週末ですね。ともにセンターはOPENです。

2003.6.25(水)

(うし丸)
 風の強い一日でした。びゅんびゅん吹く風に、葉っぱも嬉しそうです。
 
 23日は魂魄の塔、ひめゆり平和祈念資料館に行ってきました。
 時間の関係で、魂魄の塔での慰霊祭には参加できませんでしたが、参拝者の方々の様子を側で伺うだけで、胸にせまるものの多いひと時でした。
 お供え物のなかに、ヤクルトとかお菓子などがあり、それはきっと幼い子ども達へのもの。誰が、どんな思いで戦後50年以上も供え続けたのだろうと想像すると、涙がこぼれてしまいました。
 他にもタバコや(バイオレットが多かった)、果物、ジュースやお茶などがあり、それは普通のお墓にもお供えするようなものではあるけれど、どのような状況で命を落とされたのかを考えるとき、供え物の意味ははるかに重くなる。
 
 それからひめゆりへ向かいました。
 少女たちの顔・顔・顔・・・。それを見るだけでも、充分に伝わってくる。伝えなければ、という思いに急き立てられる。
 そして、体験者の方のお話に一心に耳を傾けていたり、証言録を身じろぎもせず読み込んでいた修学旅行の生徒さんたちに、希望を託した時間でもありました。
 うちの息子にも伝わっただろうか。注射器や、ガマのジオラマの前で動かず、一生懸命ビデオに見入って、助けられた母子を見たとき、本当にほっとした表情をしていたけれど・・・。
 
 さて明日は、婦人会の研修のため、私は年休でございます。
 (暑すぎない)いいお天気だといいんですが・・・。

それでは、明後日の書き込みを、お待ちくださりませ。
 


2003.6.22(日)

(うし)
 書き込みは一週間ぶりです。毎日書こう、書こうと思ってはいるのですが・・・。

 昨日は私はお休みの日。朝、所用で海楽園にいったら、今朝羽化したばかりのオオゴマダラを三匹、じっくりと観察することができました。羽を乾かすために、けっこう時間をかけるようです。金色に輝くさなぎもはじめて見ることができました。写真では見たことはあったのですが、実物はもっと金ピカピカ。本当にきれいでした。うちにもオオゴマダラの食草を植えてみようかなあ。
 でも・・・オオゴマダラというと、ゴマドレッシングがダラリとかけられた大きなサラダボウルをイメージしてしまう私には、ちょいと無理かも・・・!?

  午後から家族でもう一回見学。
 オオゴマダラさんはもう飛んでいっていなかったのですが、金色のさなぎは何回見ても、見飽きることなく、美しい。
 その後、息子は海楽園のなるさんとシ−カヤックで海上をショートドライブ。
 私は海の向こうの古宇利島を眺めながら「おーい、館長! 字誌がんばってるかーい!!」と叫んでみたけれど、聞こえなかったはずねー。

 今、海楽園は天然記念物のナハキハギも白い小さな花を咲かせ(香りはありませんが)、ツマグロベニチョウ(だったかな)も飛んでいて、ほんと、「楽園」そのものでした。エンジン音のない海の静けさは、ここの宝物だと思う。
 
 さて、明日は「慰霊の日」です。センターは休館となります。
 わたしは家族で摩文仁に行き、魂魄の塔・平和の礎・ひめゆり平和祈念資料館などを回る予定です。
 行事化しているとの批判も多い慰霊の日ですが、この日があるから、かろうじて逃げずに戦争と向き合っていられるのでしょう。学校でも「学童疎開、対馬丸」のビデオを見たそうで、息子が今年の初めにみたイラク戦争の写真記録と重ねながら、彼なりのビデオの感想を少ない語彙を駆使して話しているのを聞いて、これは大人としてちゃんと言葉を受け止めて、一方通行でなく、戦争について、平和について、世界中の命について、同じ目の高さで会話しなければと痛感しました。

 今日はお天気も夏本番の様子で、午後からお客さんの多いセンターです。
 館長さまは腹筋運動もかねて、外の草刈中。
 おなかを凹ます方法を、どなたかご教示くださいませええええ!!
 
 それではまた来週!
 (火曜日もセンターはお休みです)


2003.6.17(火)
(こず)
 久しぶりの書き込みです。毎日、日誌書くぞ!!と決意したもの・・・最近はパソコンと目を合わせないようにしていたのかなぁ( ̄□ ̄);
 先日、友人が久し振りに東京から帰省した時のこと。「私さぁ、高校まで今帰仁に住んでいたのに、向こうの人に沖縄って?今帰仁って?どんなトコロ?って聞かれてもうまく紹介できなくて恥ずかしくなる・・・」というのだ。日ごろからまずは自分の足元からと思っているが、窓口で色々質問があったときに知っているはずなのに答えられない時があり、その悩みはわかるような気がする。
 私は今帰仁に暮らしている・・今帰仁には何がある・・・知っていることもただ日常の一部として流してしまっては次に出合ったときには答えにならない。たまには頭の片隅から呼びだして再確認し、新たな情報もプラスしていかないと。。
 

2003.6.14(土)

(USI)
 今日もいいお天気でしたね! 暑くて、いっぱい汗かけたので、なかなか調子いいです。
  
 今日はムラ・シマ講座でした。天底(あめそこ)の字を調査しました。ムラシマ講座で天底に来るのは4年ぶりくらい? でもやっぱり今になって「ははあ」と体にまで降りて納得するものがありました。
 
 ひとつはアサギやノロ殿内周辺が、かつての集落跡である、ということ。現在の広っぱや畑に、茅葺の集落を重ね、当時のムラの風景をイメージしてみると、自分の立っている足の下の方から、伊豆味から移動してきた頃のムラ人たちの声、畑仕事の音、ノロの祈りのつぶやき、子ども達の笑い声・・・などが立ち上ってくる感じで、もっともっとここにたたずんで、ぼ〜っとその感覚に身を任せていたい気持ちでした。
 
 それから、アミスガー周辺の風景の移り変わり。今回のノートの表紙に使った写真は、昭和30年に新城徳祐先生が撮ったものですが、今のように金網もなく、木も伸び放題でなく、雑草もなく、きれいに掃除されていて、カーがムラの人たちの公共の場であったことがよく伺えます。残っている、ということは大事なことですが、残っているということと、大切にする、ということは、また別のことなのかもしれないと思いました。

 本部町具志堅のウプガーも残ってはいるけれど、こけが生えてヌルヌルして危ないし、今泊のエーガーも流れがせき止められていて、よどんでいる。・・・でもまだかつての様子が写真に残されているので、時間になると水汲みをする人でにぎわう情景などを想像することができます。私の子どもの頃はまだ家に井戸があって、そこで水汲みしていたし。
 
 もう一つ、はっとしたのは、畑をしている人にとっては、わざわざ「旧暦」と意識してとらえることがない、ということ。作物を作るということは、「旧暦」で生活するということなんですね。ずっとハルサー(百姓)をしていた渡名喜長栄さんの話を伺ってもそう感じるし、今日私の後ろでゆんたくしていた本山さんと片岡さん(共にお百姓さん)の何気ない会話を聞いて、どきんとしたのでした。私はこの感覚が身についてないな、と。

 神行事も、「旧暦」でなければ、理解できない。
 花が咲くのも、サンゴが卵を放出するのも、
 種をいつまくのかも、、田植えをいつするのかも、
 収穫がいつなのかも、
「旧暦」のリズムなんですね。
 私はそこから遠く離れてしまっている。

 ムラシマ講座で伝えたいものは、単に神アサギはなに、ウタキはなに、ということではなくて、その向こうにある「何か」なのですが(それは、一口に言えないのだけど)、10年後、20年後の子どもたちにそれが伝わるだろうか、10年後、20年後のスタッフにそれを伝えるだけの「体内感覚」があるだろうか、と、ちょっと心配にもなりました。
 体内時計を取り戻す為にも、やっぱりアタイ小(自分のうち用の小さな畑)に力いれよう!(今、トマトが終って、なすとオクラとゴーヤーを植えてます)。

 今日の講座は、泥道もあって、館内土だらけ。館長とせっせとお掃除しました。もしかして誰かが「ほうきくらい手伝いますよー」と声かけてくれるかしら・・・と期待したのですが、これはやっぱり職員の仕事。

 ムラ・シマ講座はここまでやってこそ「本日終了」と言えるんだ、お尻と心と足取りはいつでも軽く!とつぶやきながら、がんばりました。
 今日は、チョコレート食べたっていいよね〜。
 
 それではまた今度!


2003.6.13(金)

 本日はお日柄もよく、お天気も午後から夏日となり、クーラーに震えるうし丸でございます。
 明日はムラ・シマ講座。天底のノートをアップしてますのでご参照ください。天気はどうでしょうか。蒸し暑くなきゃいいけどなあ・・・。

 昨日の今帰仁中学校でのレクチャーで、「ムラ・シマ組」の顔がいくつか見えて嬉しいものがありました。
 ノート書くのは苦手だけど、三年間「おもしろい、おもしろい」と参加してた亮、バス酔いしてた朝佳、五年生から参加して、夏休みに今帰仁の神アサギをテーマに村内全アサギを制覇したさーやー、しょっちゅう水に落ちてた泉、泉に誘われてなんとなく来てた周子・・・・。みんな兄ぃ兄ぃ、姉ぇ姉ぇになったねえ。おっとりさっちゃんの顔をさがしたけど見つからなくて残念。

 きっとこメンバーが当日の学習を引っ張っていってくれるでしょう。
なにせ「色々なことがわかって、勉強になりました」なんて感想を言おうもんなら、
 「色々なことって、どんなこと? 何が勉強になったの?」とすかさずうしおばさんに突っ込まれてきた面々ですから・・・・。

 さて、午後からは「ジョージアコーヒー断ち五日目」突入の館長殿と、渡喜仁の字誌の会合へ。字の長老の方々がおいでになり、おもしろいお話がたくさん伺えました・・・が、何分「方言意味くじピーマン」のうしですから、三分の一も理解できたでしょうか。それでも、皆さんのお顔がここに揃っている、というだけで「いいなあ」と感動していました。
 
 長老のみなさんのお話の一部・・・
  「ベーベー墓というお墓が、今の貝塚の側にあって、そこはとても怖い
  ところだ った。ベーベーマジムン(魔物)というのがいた。
  田植えのころになると、必ずこのお墓に、重箱を供えてから田植えを始
  めよった。
  その墓のある田んぼをジュウバクダー(重箱田)と言ったよ」

 字誌編集委員の方が質問して
 「ウバサクブというのは、何か姥捨て山と関係があるんですか」
 長老曰く
 「ちがうさー、ウバサー(芭蕉)が生えていたから、ウバサクブ」
  ここは大雨のとき、船を浮かせることができるくらい、水の流れ込んだ
 くぼ地(クブ)だったそうです。
  
 それから、渡喜仁は仲宗根・勢理客・運天・上運天から分字したところですが、分字のときは長老のみなさんほとんどが出征していて、詳しい状況は分からないということでした。

 でも、分字について
 「勢理客のウヤファーフジ(ご先祖)がやさしかったから、どうぞ分字し
 なさいと言ったんだよ」
という人もいれば
 「仲宗根(上運天だったかな)の字の常会のときに、色々うるさく文句いう
 難しいのが渡喜仁チュばっかりだったから、早く分字しろということだった
 はずよ」
という人もいて、真偽のほどは藪のなか・・・・。
 
 これからたびたびおじいたちのところに出かけて、渡喜仁のお話を聞かせてもらえるのでしょう。楽しみです。
 
 さーて、あしたのムラ・シマ、がんばるぞー!!

.
       ▲渡喜仁の字誌の聞き取り調査の様子

2003.6.8(日)

(牛)
 昨日から崩れ始めた天気が、今日はますます大崩れとなり、すごい大雨。
いつもは「お天気悪くて静かなセンターでした」となるのですが、今日は朝から個性豊かな団体さんで大入りです。館長はガイド・ガイドで説明に追われる一日でした。ご苦労様でした。

 さて、一昨日「沖縄県地域史協議会」の会誌を手にしました。前の方からスラスラス〜と読みながら、だんだんとイヤな予感が・・・。わが「今帰仁村歴史文化センター」のページにたどり着いたとき、その予感は的中!!
 「私の原稿ってなーんてくっだらないんだああああ!」

 みなさん真面目にお仕事の話や、目標とか、かわいくパンの話など書いていらっしゃる中、私の原稿はやれらっきょうのにおいがどうのとか、やれジョージアコーヒーがこうだのとか、どうでもいいことばっかり。
 ひゃー、今から消すってーのは、ちょいと無理ですよねえ。今年度の会誌の中で燦然と輝くこの低レベル。ま、腹くくって「これがワタシです」と開き直るしかありませんね。
 (でもその原稿の主人公っていったい・・・!?)。
 読まれる機会のある方でも、なるべく読まないでくださいね。でも、読まれた方に申し上げますと、あの内容は全て真実です。

 こずさんの報告にもありましたが、一昨日運天の調査に行って参りました。集落内をゆっくり散策するのは久し振りです。その下でのんびりと昼寝でもしたくなるアコウの大木。そしてそのすぐそばで負けじと枝を伸ばす、楕円の葉っぱの大木・・・。なんていう名前の木なんだろうねえと、こずさんと考えてみたけど、木の名前はさっぱりの二人がチブル付き合わせても出てくるはずもなく・・・・。福木の葉っぱに似ていますが、もっと柔らかく、黄緑色をしていました。
 アサギの後ろの井戸の側で、リヤカー自転車に草を積んでるおじさん発見!
  「おじさん、この井戸の名前はなんていうんですか」
  「さあ。わからんさあ」
  「お水はおいしかったですか」
  「塩水の味して、ここからはあまり飲まんかったよ。あっちの後ろの二つある井 戸のところで、飲み水はとったさ」
 その井戸は、上間ナツおばあの実家の井戸のことです。
  「向こうにはウプガーもあるけど、あっちは畑帰りの人が、足とかクワとか洗い よったさ。ウプガーはね、上の方のアナガー(上運天の井戸)で洗濯したら、全  部その水が流れてきて、泥なって、飲めないわけ。全部、こっちの井戸に流れ てくるから。だから、あっちでは飲み水はしなかった」
 知っている話ではあるけど、やっぱりそれを体験した人から聞くと、自分のなかに言葉がじわっと染み込んでいきます。
 上間商店でお茶買って、敏子おばさんともゆんたくして、館長の好きな「柔らかイカ」を一梱包注文して、200年前にここを訪れたバジル・ホールが「素晴らしい並木道」としるした海岸の道路を通って帰りました。
 何度も来ている運天集落ですが、こずさんと来ることでまた違った風景を見ることができました。・・・・次来るときは絶対にぜんざいも食べなくっちゃ!
 明日は休館です。
 それでは、火曜日まで、おやすみなさい。


2003.6.6(金)
(こず)
 今日もいい天気です。午後から、うしまるさんと二人で運天へ調査に出かけました。運天へ向う途中、上運天の公園でゲートボールの練習に集まったおばぁ達を発見!!運天トンネルができる前の道についてお話を聞くことができました。質問したらあっちからもこっちからも答えが返ってくるんですよねぇ。おばぁ達はすごく元気です!(ハイ、チーズ!)みなさん、紫外線対策もバッチリです。
 元気をもらった私たちは運天の小道を歩きながら・・・。 見るだけぇのマンゴー、ちっちゃな渦巻きのくもの巣、涼しげな井戸、福木のトンネル・・・。運天は海がすぐそばにあるムラだからでしょうか、私が住む今泊と似ているなぁと思いながらもいろいろと発見がありましたよ(^0^)/
 その中でも今日の目玉は上間商店の横のトラノオロード(右下の写真)。きっと、トラノオからでるマイナスイオンが疲れた私たちを癒してくれたことでしょう。

.

2003.6.5(木)
(丑)
 こんにちは。お久し振りですね。
台風が去って梅雨が、終って、夏!!という天気が続いています。

 今日は特に「話題」といったこともないのですが・・。
 久し振りに「準備室」時代にお世話になった職員の方がいらっしゃいました。
いつもやさしくてニコニコしていた印象そのままで、嬉しかったです。
この方は専門職的な採用で、異動もなく、あの頃の部署のままでしたが、
それだからといって慣れきることもなく、穏やかで、謙虚で、
「ああ、こんな風に職員として成長したいなあ」と思いました。
誰にでも、フラットでいられるというのは、やはりその人の器の大きさですね。
見習っても、すぐそうできるものではありませんが、努力したいです。

 さて、私の事務机の隣に。オニューのパソコンがやってきました。
新しすぎて、触るのがこわい〜。
それまであった愛しのワープロちゃんは、窓際の席に「異動」です。
そのため周辺の大掃除をしたのですが、散らかしやの魔法がかかってるセンターのことですから、
片付けても無理かしらねえええええ。
片付けても「片付けおばばに取り付かれてる」と思われかねない、この環境・・・。
でも、これからも使うであろうワープロちゃんですので、この周辺域だけはなんとか魔法から守ってあげようと決意したうしでした。
 
 今日は午後から館長様は沖縄県博物館協会の総会・研修会でご出張です。
明日の報告が楽しみですね!
ではまた〜。


2003.6.4(水)

(こず)
 こんにちは。時の流れは早く、もう6月です。今年の梅雨はもう終わりでしょうか?ちっとも雨が降らなかったような気がしますが・・・。この間から《台風っぽい》天気に雨を期待しつつも降らず。夏の水不足が気になります。
 水に関係する行事といえば、今日は旧歴の5月5日《ハーウガミ》の日です。今帰仁村今泊のハンタ道入り口の親川(エーガー)へ行きます。水に感謝し邪気を払い、健康を願ってこようと思います。ムラ・シマ講座でもありましたが、川にウートートーするときは線香の火は点けないそうですよ。


2003.6.1(

今日から6月です。

 
ムラ・シマ講座へ