異文化の地での学芸員実習


                神戸学院大学 人文学部
                 人間行動学科 上本くるみ

 沖縄を訪れるのは、今回で三度目です。ですが、今まではそこに広がる壮大な景色にばかりとらわれていて、ただ「すごい」「きれい」としか思っていませんでした。沖縄には海と山だけでなく、戦争の歴史を持ち、受け継がれる琉球の文化があることに、しっかりと目が向いていなかった何よりの証拠です。昨年今帰仁城跡を訪れた時も、何の予備知識もなくただ広く大きな石積みの城だとしか思っていませんでした。興味を興味だけで終わらせてしまうのではなく、興味をもったのならとことん追求しなくてどうする!今回の博物館実習で、館長や石野さんからそんな言葉をいただいた気がします。何度目かのミーティングの中、石野さんの「総括」でとても印象に残った言葉があります。                              「人がいて、ムラがあって祭祀があって、初めてそれを研究しようとしている人がいる。祭祀を知りたいなら人を知らないといけない。人がいなければ、ムラも祭祀も存在しないのだから」 
                          
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   ▲大川(ウプガー)の清掃に参加    ▲不思議な太鼓のリズムや舞いに胸をうつ

 今まで本土の合理主義の中で生きてきた私は、「いいとこどり」をすることに慣れ、むしろそうすることを当然として育てられたような気がします。おいしいパンが欲しければ話題のパン屋へ行き、うまいラーメンが食べたければ評判のラーメン屋に行く。そこにどうしておいしいのかと考える発想はありません。誰がどんな苦労をしてどんなこだわりをもって作ろうが、私にとってはおいしいかおいしくないかの判断だけでした。きっとそれと同じで、去年の私は今帰仁城を訪れても、そこに城があるというムラや人の歴史を知ろうともせず、ただ美しい景色に満足をして、わかったようなふりをしていたのだと思います。

思えば、私は自分が生まれ育った地域について何も知りません。どんな祭があって、何の神がいたのかさえわかりません。父も母も別の土地の人間なので、余計に何も教えられませんでした。今回の実習で具志堅のアサギを見たり、ウプガー掃除に参加させてもらううち、自分が生まれ育った場所の伝統や、自然、歴史を大切にすることがどんなに重要であるか痛感するようになりました。それは自分の原点とも言えるようなことです。自分がどこから来てどこへ還るのか、自分の祖先がどんな生活を営み生きてきたのか、知っているのと知らないのとでは目に映る景色も全く違うものになっていくと感じました。なぜだか懐かしくて仕方なかったシニグ、それを感動的に見ることができたのも事前のお手伝いができたからでしょうか。ただ当日に来て写真だけ撮って行く、そんなカメラマンとは少し違う見方ができたはずです。

フィールドワークの中で、単純な驚きを得たのはやはり風葬地でした。まさか本物の骸骨、しゃれこうべを見ることになるとは思ってもいませんでした。けれど、あそこもやはり戦争の跡があるのですね。海側の、今は崖のようになってしまっているところ、昔は石段があったのだと聞きました。戦争の際、基地資材としてアメリカ兵に壊され、持ち去られたのだと。道がなくなれば当然行く人もいなくなります。伝えいく人がいなければ、そのうち忘れ去られる存在になってしまうのでしょうか。でもそれより驚いたのは館長のフットワーク。後日館長が持っていたカメラを持ち上げて、その重さにびっくり。…館長、こんな重いやつ二つもぶらさげてあの崖登ってたんか・・・(^^;)恐れ入りました。

 また、人類発祥伝説を持つ古宇利島では豊年祭を見ることができ、沖縄の伝統芸能を垣間見るチャンスもあって、本当に良いものを見せていただきました。けれど古宇利出身の夕貴ちゃんなどは最後まで見たのはこれが初めてらしく、本土からきた私にとっては珍しいものでも、これを当たり前として暮らしている人々がいることを実感することとなりました。〜さんのお孫さんとか、〜の友達の、という紹介の仕方がとてもあたかかく、ここで悪いことをしたら一発で足がつくだろうと、隣人の顔も知らない私は思ってしまいました。橋が架かった後、古宇利はどんな風に変化してくのでしょうか。また訪れてみたいと思っています。

この実習では、本当に多くのことを吸収すると同時に、自分を振り返る貴重な時間であったと思います。一週間の間に触れ合った人たちは皆あたたかくて、私はある歌の一節を思い出しました。

『人に優しくされた時 自分の小ささを知りました
   あなた疑う心恥じて 信じましょう 心から』

 様々な人と出会い、どうして沖縄のグスクがあんなに美しい曲線を描くやさしい城なのかわかった気がしました。ただただ自分を守るために、深い堀を作り、鋭く高い天守閣を築いた本土の将軍は、心から人を信じ、そのために尽くそうと思うことができなかったのかもしれません。

どれほどの札束を積んでも、決して変えられない経験ができました。仲原館長、石野さん、梢さん、本当にありがとうございました。


沖縄での学芸員実習


                       広島女学院大学 文学部
              人間・社会文化学科 新田千代香

初めての沖縄で、初めての学芸員実習。初日は緊張したが、不安よりも期待でいっぱいだった。

 沖縄にきたら沖縄のものさしで見ることが大切であると言われていた館長さんの言葉を胸に実習に挑んでいこうと思った。私たちと入れ替えで実習を終えた神戸の人たちの話を聞いて、沖縄の今帰仁、具志堅というものをどこまで自分のものとして吸収していけるか、そして、そこで吸収したものを、どうやって自分の普段の生活に生かしていけるか、などということが実習の中での課題になると思った。何事も、外側のよい場所、よい場面だけ見るのではなく、その時代、その場所の人たちになって内側からモノをみていかなくてはならないという話を聞いたとき、今までの自分の生活について考えさせられた。私は今まで「いいとこどり」ばかりしてきたのかもしれない。文明の進歩によって、時代の流れによって、どんどんいい所しか見なくなってきているような気がした。

 ここでは、毎日が発見の連続だった。まずは、歴史文化センターの企画展の展示のやり方。展示の写真からパネル、看板、展示台までもほとんど全てが手作りで行われている博物館があることに驚いた。でも、展示している内容を見ていくにつれて、手作りの意味がわかったし、むしろ、手作りによってこそ、展示物は惹き立つのだと思った。

 「例えば、戦争についての無残なところばかりの研究ばかりされてきても、それは戦争の残酷さを伝えることは出来ても、平和にはつながらない。戦争の残酷さを記録するだけでなく、どのように生かしていくか。そのスタンスの切り替えとしてのムラ・シマ講座であり、ここでは、人々の行動を取り上げながら、その裏に見える戦争を見ていく。それを繋げるために日々の生活を見ていく。一人ひとりの生活の記録が大切になる」という館長さんの話を聞いたとき、大事なのは「ひと」なのだと思った。そんなムラの人々を描く展示物は、手作りのパネルや展示台によって、暖かさがかもし出されるような感じがした。ぎこちないながらも、のこぎりを持ってパネルの枠を作ったり、ペンキを塗ったり、ラミネートしたり…。単純作業のようだが、とても気を使う作業だった。

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  ▲ふり返ってみたら・・・・(初日?)     ▲片付けたら、展示もサマになるかな!

私たちは、展示作業が中心で、実際の調査に行ったのは具志堅・今帰仁城跡・古宇利島と3日だったが、そこでもいろんな発見があった。具志堅の調査で初めて一連の祭祀についても少しであるが理解することが出来た。1回の調査では決して分かることの出来ない歴史や文化の奥深さを知ったとともに、自分が勉強不足だったことがよく分かった。自分からもっと見たい、知りたい、勉強したいと思ったのはすごく久しぶりだった。神アサギ、火の神、ウプガー、豊年祭、シニグに込められる人々の想いや、人はいなくても、神がいる場所を残そうとする人々の想いが強いということがとてもよく分かった。今帰仁城グスクは、100mもの高さを野面積みで積んであるだけでほぼ保たれていることに感動した。グスクの中に聖地があり、神がこうりんする場があるのは琉球にしかないものだということも分かった。

 古宇利島では、島のゴミ捨て場を見た時、現代の文明とのギャップを感じた。最初は神を大切に、土地を大切にしながら暮らしている人たちなのに、なぜ、ここだけはゴミの山なのだろうと思っていたが、よく考えてみると、だからこそ、ゴミの山になったのかもしれない。昔は、ゴミが出ても畑に捨てればそれは肥料になるといってほとんどのゴミが大地に還元されていた。この考えが続いていたために、結果的にこういうことになったのかもしれないが、現代の物とのギャップをどう埋めていくかということが課題なのだと思った。今あるものをただ見るのではなく、なぜ、そうなったのか。という暮らしの中での歴史を捉える発想を育てていかないといけないと思った。そして、それは、古宇利島に限らず、どこでも言えることだと思った。古宇利島には間もなく橋が架かるという。橋が架かったらゴミは処理場へ持っていかれるという話も聞いた。橋が架かった後の古宇利島へも行ってみたいと思う。

今帰仁での実習を重ねていくごとに、自分の住んでいる地域のこと、町のことがとても気になりはじめた。今まで当たり前のように過ごしてきた私の島にも祭りがあり、年中行事があり、たくさんの井戸がある。そういえば、家にも、畑にも、どこも全部井戸があったっけ。毎日の暮らしの中で、当たり前だと思いすぎてそのことに気づかなかったり、気づかないフリをしてしまうこともある。そんな自分が少し恥ずかしい。そして、実習から帰ってはじめて、うちの井戸は昔は共同井戸だったという事も知った。外に出ると分かる、出ないと分からないこともあるというのは、こういうことなんだと思った。今帰仁村と自分の住んでいる向島町は違うけれど、向島には向島の歴史があるだろうし、人々の暮らしや想いもあると思うから、少しずつそれを見ていきたい。

 1週間の実習を通じて、沖縄という場、今帰仁という村でとても貴重な体験が出来た。神を大切に、先祖を大切にし、人と人とのつながりを大切にするという村の人の想いがとても強いことに驚いた。そして、それを通してみていくことが大切であるということも分かった。土地があればそこに住む人がいて、暮らしがある。ものがあれば、それを作った人、使った人がいる。全てに人がかかわってくる。歴史を見るのに一番大切なのは人であると思った。ここで得たもの、もらったものを私も何らかの形で還していきたいと思っている。自分に何が出来て、どういうやり方で、どういう形でやっていくのがよいのか今はまだ分からないけれど、試行錯誤しながらも、私の言葉でやっていけたらと思う。本当にたくさんのことが学べた中身の濃い実習だった。

 仲原館長さん、石野さん、梢さん、ありがとうございました。毎日うちに来て、声をかけてくれた今泊のおうちの近所おばぁ、ありがとう。今泊のおうちの近所のみなさん、ありがとうございました。たくさんの人たちのあたたかさでとても充実した日々が送れたと同時に自分を見つめなおすきっかけにもなりました。本当にありがとうございました。


        歴史・文化を現地で体験!

                                 広島女学院大学
                        田村 友美

 今帰仁村歴史文化センターでの実習で、新しい発見や様々な経験ができたと思う。今回は、企画展に向けての準備等に参加した。私たちは、調査よりは館内での作業が多かったが、一つ一つがすべて展示に関わってくることだった。例えば、大きく引き伸ばした写真の上にフィルムをコーティングさせ、写真を保護してきれいに見せるための、ラミネートという作業を行なったり、パネルは、材木をノコギリ等を使って作った。それに黒のペンキを塗っていくのである。展示品を置く台も、自分たちで長さを図り、切って、色を塗っていく。本当に一つ一つが手作りである。ここまで時間をかけて、作っていくことにどういう意味があるのだろうか、と実習中に考えたが、それは形になっていく過程で徐々にわかった気がした。自分が作ったものが形になっていく達成感と、そのものに愛着が湧いてくるのである。人の手で作られていることで、温かさが伝わってくるのである。それが展示品を包んでいた。

 調査では、その土地を実際歩き、自分の目で確かめていった。やはり、自分の目で見て様々な人に話を聞くことは、とても大切なことであると実感した。今まで、活字ばかりでイメージできなかったものが、立体的にあらゆる角度から見ることができる。そこからたくさんの疑問や違った見方ができるのである。具志堅や古宇利島にも行ったが、そこで共通していたのは、昔の神アサギの場所も、現在になっても大切に残されていたということ。昔から続いていることや、神聖な場所を村の人々が今でも大切にしているということがわかった。また、他の地域を見ることによって、自分たちが住んでいる地域のことについて知らないことが多いということに改めて気づき、知りたいという気持ちがどんどん湧き上がってきた。

 様々な人の話を聞く中で感じたことは、歴史や文化は人を通して伝えられ、人がいるからこそ、それらが生きていくのではないか。

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 ▲何故か石敢当の前で…      ▲上間殿内の広場でムラの人と

 展示品を人々が見てそれぞれが感じ取ってくれるように、いかにそれを活かしていくか、光らしていくかが学芸員にとって重要である。また、説明を聞くときも、自分なりの言葉で語れるように常に意識しておくことが大切であるということを学んだ。

実習を振り返ってみて感じることは、今帰仁村歴史文化センターで実習ができて、本当に良かったと思います。人との出会い、そして人とのつながりというのは、素敵なもので、大切なものであると実感しました。これからも大事にしていきたいです。また、館長さんたちの、「この土地や地域の人々から得たモノは、しっかりとその土地で還してく」という言葉にもあったけれど、ホームページで来館された地域の方々の反応や感想などが書かれていると、とても嬉しくなります。私も直接感想が聞いてみたいです。今すぐ今帰仁に飛んでいきたい衝動に駆られる今日この頃です。

この実習を通して、歴史文化センターの方々、村の方々、そこに受け継がれている文化や歴史から、大切なことをたくさん学ばせてもらいました。感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。


調査・展示作業から得たもの
      
                    神戸学院大学
                             川崎 祐介

今回の実習では、パネルなどの展示物を一から自分たちの手で作っていきました。失敗などを重ねていくうちに、注意しなければいけないことを身をもって知れたと思います。

【注意点】
   ・人物の写っている写真を張り合わせるときは、人物の顔を切
   らないようにする。

   ・パネルのベニヤはしっかり90°にしておかなければ、写真を
   貼ったときにゆがんでいるのが一目でわかる。

   ・パネルの色は展示物に合わせた色にする。変わった色にする
   と、飽きがきやすく、使いまわしもしにくい。

【展示する時の注意点】
   ・展示物をあまり高い所に配置せず、パネルは必ず平行にする。
   ・写真は多すぎず少なすぎず、テーマに合った枚数にする。
   ・展示物に関係する(した)人たちを敬う気持ちを持って作業
   する。

【調査について】
 具志堅の祭祀を約一週間にわたり調査しました。具志堅の五つの祭祀(ウーニフジ、ウプユミ、トントトトン、イナグユバイ、シニーグ)のうち、私たちが見たのはウーニフジ以外の四つでした。

調査の時に気をつけなければいけない事、「情報収集するときに人と接する」。これは今回大変勉強になった事のひとつでした。歴史、文化を知る上で大切なのは、やはりその中で生きた人の話だと思います。その話を聞く時に、自分を「調査員」と位置付けた状態で質問をしても、相手は緊張してしまい、十分なことを私たちに伝えきれない。そのため、私たちは自分という人間を相手に伝え、相手が警戒心を持たないようにしなくてはならない。

 打ち解ければ、世間話から始めても、自分が欲しかった情報以上のものを得ることができる。そして何より、人の暖かさを感じることができます。今回の調査の中で、ウプガーの清掃を手伝わせてもらい、そこで具志堅の人たちと近くなれた気がしました。残りの調査日の中では、村の人たちと会話を楽しめたし、貴重な話をたくさん聞くことができました。そこで大事だと思ったのは、「恩返し」ということです。

 館長と石野さんがおっしゃっていたが、私たちが頂いた情報などを、展示という形で恩返ししなければならない。実習の残り二日の作業では、それを意識しながら作業することができたと思います。

実習中に展示の完成を見られなかったのは残念ですが、感謝の気持ちを持って展示に参加できたということが、実習前と比べ、成長した点だと思います。

【実習を通じて感じた事】
 具志堅と古宇利の伝統行事を見て、それぞれの歴史や人々を知ることができました。その時ふと思ったのが、今まで私は自分の育った故郷の歴史を今回のように調べたことがあっただろうかという疑問でした。答えはイエスではなかった。これまで祖父の話に少し耳を傾ける程度でしかなかったため、いま私が誰かに故郷の素晴らしさを紹介しようとしても、十分には伝わらないかもしれない。初めて見た具志堅のシニーグを本当に素晴らしいと思えたのは、事前に得た知識もあってこそだと思いました。ということは、私の故郷の伝統行事も歴史を知ることで、違った見方ができ、改めて素晴らしさがわかるのではないかと思います。

「実習日誌」に何度も書いた事なのですが、村の過疎が大きな問題だと感じました。具志堅のシニーグに参加する人が年々減っていると聞きました。高齢化が進む上、少子化もあり、村の人口自体が減っているそうです。伝統行事を後世に残すには若い力が不可欠、しかしその力が少ないというのが問題である。都会に出ている人も行事に参加するようにと呼びかけても、仕事の都合でそうはいかないだろうと思う。難題だと思います。

これからの私がどのように意識を持っていけばいいのかを考えた実習だったと思います。まずは自分の故郷をよく知ろうと思います。国際化が進む今、日本人のアイデンティティーとは何か、と問われることが多い。外国に行ったときよく聞かれると思われる質問が、「日本とはどんな国か」だと思います。その時しっかり説明できなければ、自分が根無し草のような存在に思えてしまうかもしれない。そこで土台となるのが、自分の背景である故郷だと思います。どのような歴史がそこにあり、その流れがあるために自分があるのだと意識すれば、少なくとも自分がわからなくなるということはないと思います。


  ▲ウプガーでウートゥートゥ     ▲シニーグ調査。オレもいる!

その歴史を知る手段として博物館があると思います。展示物の一つ一つには歴史が刻まれている。学芸員は人と歴史を出会わせる手助けをする役割を担っていると思います。今回の実習でそれを学べたことが大きかったです。最後に、仲原館長はじめ、センターの皆さん、具志堅、古宇利の皆さんに本当に感謝しています。


▲シニーグが終って変なカチャシー


    一つ一つ作っていくことが大事

                  広島女学院大学
                    嶋田 いずみ


 実習は、朝の掃除から始まる。気持ちよく館を訪れていただきたいという気持ちになったり、今日も一日頑張ろうと気持ちを高める時間になった。また、展示品が、展示室のライトを点けることで、パッと光って、なんだかとても身近で大切に感じた。とても大切な時間となった。

 調査は、具志堅や今帰仁城跡、古宇利島へ行くことができた。具志堅では、祭祀に関わる場やカーなどを見て回り、展示作業を通して見てきたものを実際に確認することができた。実際に見ることで、展示作業を通してだけでは分からなかった言葉や意味などが、スッと頭に入って来るような感じがした。自分の知らなかった文化があり、驚くばかりだったのも、だんだん知っていくにつれて、もっと知りたいという気持ちが強くなっていった。

 今帰仁城跡では、様々な歴史があって、その積み重ねで今の城址があるのだと感じ、その歴史の中に多くの人がいて、今に繋がっていると思うと本当にすごいなと思った。当時の様子を想像したりするととてもおもしろかった。

 古宇利島は、事前に乙羽岳から島全体を見る事ができた。その時は、丸くて綺麗だなという印象を受けた。実際に島で祭祀に関わる場やカー(井戸)、御嶽、ポットホールなど見ていくうちに、とても力強くて、大きな島だなと感じた。橋が架かった後、どのように変わっていくのか、また訪れて実際に見たい。

 展示作業では、パネルなどを自分たちの手で作ることにより、一つ一つに愛着が湧いてくるように感じた。また、展示は光りの当て方や、色の使い方、並べ方によって、印象ががらりと変わるのに驚いた。細かいところまで注意して、大切に丁寧に一つ一つ作っていくことが大事だと作業を通して実感できた。

 実習を通して、様々な歴史や、ものがあって、そこには人がいて、その姿を知っていく、考えていくことのおもしろさ、大切さを知ることができた。(家の井戸水を蛇口に送るモーターの音や、裏の川の水の音、流れをふと思い出すと、心が落ち着くし温かくなるのは何故だろうとなんとなく疑問に思っていたが、その音や風景から無意識に、家族の姿を想うからかなと実習を通して思った。) また、自分は故郷や広島について本当に何も知らないなと思うようになった。近すぎて知ろうとしてこなかった故郷や広島のことをもっと知りたいと思う。

 仲原館長、石野さん、梢さん、今泊の家のご近所のみなさん、みなさん本当にありがとうございました。多くの方に出会い、自分にとってとても大きな忘れられない実習となりました。本当にありがとうございました。

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  ▲古宇利島渡海の浜をゆく   ▲ウンウン、なるほど、なるほど!
                                       


    予期せぬ大きな体験!

                                  神戸学院大学
                                    河田 和樹


 私はこの実習に参加し、具志堅という沖縄のひとつの小さなムラを調査することで、今まで見えていなかったものを見ること、またそのきっかけをつくることができた。

自分の育った土地、住んでいる土地の大事さ、伝統を残すことの素晴らしさ、そして人と人とがつながる喜び。具志堅のおじいおばあ、古宇利の人々、また実習のメンバー、館長、石野さん、こずえさん、他この実習中に出会った人々がそれを教えてくれた。

自分の育った土地、そして伝統行事を守っていこうとする具志堅そして古宇利の人々の姿勢。その土地が好きであり、また誇りを持っているからこそできる姿勢である。

昔は休息のためにあった祭祀も、現代では休日にボランティアで行うようになってしまっている。このことが祭祀を消滅させていく大きな理由となっているが、昔からその土地にあり、今まで引き継がれてきた祭祀を消してしまうことは、その土地に住むものとして避けなければならないことなのだ。放っておけば伝統的な祭祀というものは消えていってしまう。

 現代の若者は祭祀というものは手間がかかり面倒なものというイメージが強く、それに対しとても消極的である。私もはっきり言って今回の祭祀に触れるまでは祭祀というものはただ形だけで、別にあってもなくてもよいものだと考えていた。しかし、その祭祀が存在する意味、歴史的背景をよく考えみるとその大切さというものがよくわかる。具志堅、古宇利の祭祀を通して、自分の住んでいる地域以外の文化に触れ、自分の育った地域を見つめなおすきっかけができた。

祭祀の見学、ウプガーの清掃、シニグの反省会を通して、さまざまな人とふれあい、そして通じ合えたこと。まさか、博物館実習でこのような経験ができるとはおそらく実習のメンバーみんなが思いもしなかったことで、実際に神戸のメンバーは本当に毎日何かしらに感動し、この実習が終わってしまうことを嫌がっていた。

 私も期待以上の実習の毎日で興奮がおさまらない日々であった。そしてこれらの経験は展示を作成する上でとても役に立った。ただ、客観的に見たものを展示するだけでなく、一歩その中に入り自らその土地に触れることで本当の意味でその土地の事を知り、真の展示を作り上げることができるのである。


この実習では博物館実習というものの他に、これから私が生きていく中で大切なものを学ぶことができました。今回このような経験ができたことに私は本当に感謝しています。

このような機会を与えてくださった館長はじめ実習中に出会った方々、本当にどうもありがとうございました。この実習で学んだことは私の中に一生残りつづけることでしょう。

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▲ラミネート張り、よくできました!  ▲黄色頭がオレ。トン・トト・トン


          今帰仁で感じたこと
  
                          金沢美術工芸大学
                                 松村 真利


 今、金沢で暮らしながら今帰仁での日々を振り返ってみると、今帰仁で見たものや出来事の一つ一つが思い出になって思い出されるというよりも、過ごした一瞬一瞬や感じた空気、出会った人から受けたものが、私の一部となり現在の私をかたちづけている、そんな感じがします。

今帰仁に来る前は、「歴史を学ぼう」「文化を知ろう」というような意気込みや気合のようなものを抱いていたような気がします。「古宇利島でウンジャミがあるから観に行こう」とか「〜で豊年祭があるから行ってみよう」など。遙々沖縄まで来ているのだから、独特の祭祀や行事を見ないのは損だという思いに駆り立てられていました。しかし、こういったものを胸に抱いている私を迎えてくれた人々は、とっても魅力的だけど、当たり前に暮らしている普通の人々でした。私はこうして出会った人と何気ない会話を交わし、束の間ですがゆったりとした時間を過ごすうち、ガツガツと“沖縄の特別なもの”を見ようとしていた自分の姿に疑問を持つようになりました。沖縄で「ヤマトとは違うもの」「何か変ったもの」を観たがり、観たものからも何か変った結果導き出したいと思っている事にも気付き、だんだんと自分の望んでいる事が空々しく感じられてきました。沖縄はテーマパークではない、私が自分の住む土地でしているように、この地で人生を送り、生活している人たちがいる。このことが第一なのだと。

ほんの短い期間だけ今帰仁を訪れた旅行者だからかもしれませんが、今帰仁の人々の暮らしぶりにえもいわれぬ心地よさを感じました。太陽や風、海の香り、山の木々などの自然がいつも身近にあり、暑いと文句をいったり、たくさんの虫や成長の早い植物を厄介に思ったりしながらも、それらのものと当たり前に暮らしている方々の健やかさがありました。しかし、実際自分が今泊の民家に住まわせてもらって、暮らしてみると、普段の自分の生活との違いに愕然とすることが多かったです。沖縄の暮らしに漠然とした憧れを持ってはいましたが、毎朝毎夕蚊に悩まされ、だいっキライなクモが毎日家の何処かに新しい巣をはり、チョッとでも家の中や台所に食べ物があると蟻が行列をつくっているのを見ると、こんな暮らしは嫌だとウンザリしたのも事実です。ですが、この今泊の家で生活して普段感じることのない自分の中の様々な感覚が呼び起こされていくのを感じ、楽しくもありました。これは実習を通して感じたことでもあるのですが、今帰仁にいる間、水に対する感覚が普段と少し違っていました。具志堅でウプガーを掃除して体に水を受けたり、土の中から水が湧き上がってくるのをみたり、今泊の集落の中で井戸を探して歩き、井戸の周りに人が集った様子、くみ上げた水を家まで運ぶ様子を思ったりしたとき、ボタン一つで快適な温度に設定されて出てくる水とは全く違ったものとして水が存在していました。

今帰仁、具志堅でみた祭祀や祭りをみて、行事に関わっている一人一人の魅力を感じました。行事の中の目立つ部分、華やかな部分ばかりを見て伝統や文化などを知ったつもりになるのではなく、伝統や文化として受け継がれている祭祀や行事との関わり方の中にジワリジワリと表現されている、今を生きている人々の様をみていきたいと思いました。

私は地元が観光客で賑わっていると「こんな何も無いところにワザワザ何しに来た?」と思ってしまうのですが、今帰仁ではいろんな人が「ここは、いいとこでしょー、住んだらいいよー。」と言って外から来た私を受け入れてくれました。何をしにとか、何の為にとかそんなこと関係なく、まず聞かれるのは「泊まるところあるかー?」でした。自分の住んでいるところが大好きで、他所から人が来ればただ、ようこそ、ようこそと迎え入れてくれる人がいる。何か特別なモノがなくともこういった人たちに会えるだけで幸せになります。最高のもてなしのをありがとうございました。

実は「ようこそ、ようこそ」という言葉は私の住む北陸でもよく耳にします。今、若い人はあまり使わないかも知れませんが、北陸では昔からずっとこの言葉で人を迎えてきたそうです。何よりも誇れる文化だと思います。センターの皆さん、神戸、広島のみんな、並里君、夕貴ちゃん機会があったら金沢へも遊びに来てくださいね、いつでも「ようこよ、ようこそ」です。


 
   祭祀から人々の生活の営みを知る

                                     沖縄国際大学
                                     玉城 夕貴


 私は大学で民俗学を専攻しており、沖縄の民俗行事についてある程度の知識があると思っていました。しかし、県外からの実習生との交流を通して、郷土の文化や歴史・民俗に関して、彼らに語ることができず、沖縄の民俗について理解しているつもりで、実は理解できていなかった事に気付かされ、そんな自分自身に歯がゆい思いをする事もありました。さらに、彼らと沖縄で生まれ育った私との祭祀の見つめ方や考え方は異なり、そういった視点というのは祭祀を捉える上で参考になりました。

 また、実習中は本部町具志堅のウプユミ、トン・トト・トン、イナグユバーイ、シヌグ祭祀、古宇利島の豊年祭など、数多くの祭祀に足を運ぶ機会にも恵まれました。今まで調査というと自分自身が直に祭祀に関わる必要はなく、外から祭祀の流れを静かに見つめていればよいのだろうと思っていましたが、そういった意識では、祭祀と人々との関わり合いを理解することができないことに気付きました。そこで、祭祀を理解するためにも集落に実際に何度も足を運び、事前に具志堅の方々と交流を持ち、集落の風景やそこで生活を営む人々の様子を実際に知ることで、おのずと祭祀の意味合いや祭祀と人々とのつながりを見ることができるということを学ぶことができました。

 そして、このように調査を通して私達は具志堅の方々から多くのものを得ることができ、そこで得たものを地域に帰していくためにも展示会が果たす役割は重要だということが分かりました。展示作業では、パネル作成のために木材を組み立て、引き伸ばした写真をカッティングし、その後ラミネートで加工するなど、不慣れな作業で戸惑うこともありましたが、私達が作成した手作りのパネルが展示室に徐々に埋まっていくことがとても嬉しく感じられ、具志堅での調査が形になってきていることを実感することができました。

 実習期間では展示の最後の部分まで参加することができませんでしたが、企画展に足を運ぶと、展示の構成など当初と多少変化していたものの、私達が手を加えた展示の基礎はしっかりと残されており、中には不揃いの手作りのパネルも展示されてあり、苦労した分それらにも愛着を感じました。県外の実習生にも、実際に企画展に目を通す機会があればよいなと強く思っています。

 このように、実習期間中、学芸員の様々な業務内容を体験し、今帰仁村の歴史や文化について学ぶ機会にも恵まれ、今帰仁村について思った以上に知らないことばかりで、知識のなさを痛感しました。だからこそ、卒論を取り組むことで、まずは出身地である古宇利島を足元から見つめ直すことを始め、徐々に今帰仁村全体を見据えていきたいと思っています。

 最後に、私達を学芸員実習生として快く受け入れ、暖かい心で私達を見守って下さった仲原館長はじめ、石野さん、こずえさんら今帰仁村歴史文化センターの皆さんに大変感謝しております。

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 ▲ミーティング!ピンクが私   ▲ムラ・シマ講座!私も先生なのだ!

 


   23年目のうろこ!

                     大正大学
                      並里 太一

 自分の生まれ育った島で、こんなにも感動した毎日を送ったことはなかった。日々の生活で、青い空と、当たり前のように透き通った海が地平線まで続いてる。それが全てとさえ思っていた。しかし今回の学芸員実習がきっかけに何気なく素通りしてた場所や、目と鼻の先にある古宇利島に行くことによって、自分の「無知」を身にしみて実感することができた。
 具志堅でのシニーグは初めての体験で、こういう祭祀があることすら知らなかった。しかも具志堅という場所は、私の曾祖母がすんでいた土地でもあり、幼いころはよく遊びに行ったりもしていたので、決して馴染みの薄い場所ではなかった。それを知らない自分がたまらなく恥ずかしくて、情けなく思っていた。

 しかし実習が進むにつれて具志堅の区長さんを始め、さまざまな方たちとのふれあいを通して逆に知らなかったからこそ、この祭祀について真摯に、そしてウチナーンチュとして接することができたのではないかと思う。日進月歩の中で、いかに私たちがよそ見ばかりのつまらない日常を過ごしてきたのか、そして私自身の海を越える憧れが強かったのか、なんていう普段気付かないような自分自身の内面までをも透かしてみることができた。「沖縄」というフレーズで連想する「海」と「空」、そして「南国」というキーワード。それが全てでもあり、それがスタートでもある。なんだか頭を思いっきり殴られたような強い衝撃とともに「沖縄」が上書きされた。

 琉球と呼ばれていた時代から連綿と受け継がれてきた「シニグ」などの祭祀は、生活と密着した素敵な文化なんだと改めて思った。沖縄ブームに乗せられて、沖縄へ訪れる観光客。しかし、そういう文化を度外視して沖縄に生まれ育ったから、全てをわかったような顔をしていた自分はどうなのか。きっと乗せられていたのは自分自身だったのではないかと思う。シニグの時、あるおじさんが「盃の底が見えない者は、いくら錦を飾ったとしても人間の価値としてはいいものではない」といった内容の方言を言っていて、自分にぴったりの言葉だと思った。実習中、何度目からうろこが落ちたことか・・・。

 今回、祭祀から学ぶことよりも人から学ぶことが多かった気がする。そこに生活があるから祭祀も存在し、受け継いでいくから文化として残る。当たり前のことなんだけど、とても難しいことなんだと思った。実際、後継者が少ないという問題がある。確かに、「めんどくさくて時間を費やして、何の意味があるのか」と実習前の私なら思っていたに違いない。しかし、一つ一つの祭祀の意味や動作、順番には全て意味があって、全て私たちの生活に結びついていた。意味を知ると、残すべき尊いものだというのが実感としてわかる。なぜにこんなに大事なものが姿を消さなければいけないのか、とても疑問に思う。

 最近よく考えるのだが、「ゆとり教育」は本当にゆとりをうみだしているのか。「ゆとり」という言葉に惑わされ、大切な何かを捨て去ろうとしているのではないか。隣に習えと教えられ、知識だけは次から次に脳みそへと詰め込み、まるで圧縮できない圧縮袋のよう。心のゆとりはいったいどこへいってしまうのか。最近では授業のカリキュラムの中に「沖縄の歴史」という授業が導入されている。この授業を生かすには、課外授業を取り入れた、祭祀などの見学がもっとも適していると思う。しかし、文部科学省はそれを良しとはしないのだろう。政治家の教育に対する意見はどうしても矛盾を感じ、嫌になってしまう。この打開策はもはや、「総合学習の時間」との融合しかないと思う。そうすれば、授業が生きると私は思うのだが・・・。
 霧が晴れるようなさわやかさと共に、深刻な問題も垣間見ることができた。これからどのようにシニグが変化していくかはわからないが、絶対になくさないようにしなければいけないと強く思った。ビデオを撮っていた方がいたが、その映像が失われた幻の祭祀として残ることだけは絶対に避けたい。毎年当たり前のように「ハイ、シニグの踊り練習しにいこう!」とか、「神酒はどのくらい作るねー?」なんていう声が聞けると信じたい。

 最後に、館長さん・石野さん・こずえさん、大変お世話になりました!おかげで、こんなにも充実した毎日を過ごすことができました。沖縄について考えたのは、基地問題以来だと思います。そして具志堅の区長さん、村の方々、いろいろなことを教えていただきありがとうございました。次回もぜひお手伝いさせてください!そしてそしてそして、神戸・広島のみんなと松村さん、ゆうきさん!また一緒にお酒を飲める日を楽しみにしています!もちろん泡盛で!
 そして親愛なる沖縄様。あなたが築き上げた沖縄は私の誇りです。人・もの・海・空・自然、すべて好きです!


  事あるごとに思い出す!

                       広島女学院大学
                            齋藤 友紀

今回の実習は、館での作業はもちろん、野外でのフィールドワーク、同じ実習生との共同生活、と毎日をとても有意義に過ごしました。

館内の実習は、朝の掃除やパネルの作成といった展示作業、朝夕のミーティングといった内容で、パネルの作成は、自分達で木の板や棒を切ってパネル枠を作り、館長が撮って拡大印刷したデジカメ写真の資料をラミネート加工して、ペンキで色を塗ったパネル枠に張り付けるといった作業が主でした。その他の仕事として、展示台の作成や、看板の作成、パネルの展示、展示資料を役所に借りに行ったり、神アサギ(祭礼の日、神が降臨し氏子より祝福をうける、または神遊びをする聖なる所)や祭りの分布地図の作成などもしました。手作りで着々と一つずつ仕上げていく作業は楽しく、自分たちで展示を作っていると、より感じました。

館外実習のフィールドワークでは、今回の企画展に関わる具志堅村や、今帰仁城跡、近くにある古宇利島を館長や学芸員石野さんの説明を聞きながらまわりました。いつも、資料を目で見ただけで理解したつもりになっていましたが、実際の土地を自分の足で周り、物や空気を肌で感じる事の大切さを改めて思いました。文字で知る事以上に、現物を見てレクチャーを受けることで、頭に入ってくる情報はより多く繊細に記憶に残りました。草むらをかき分けた奥に神アサギやイベ、井戸など多くの祭祀や生活に関わっていた物が多く残されていて、そしてそれらの中にはいまだに人々に使われているものもあり、自分は綺麗なもの、目の前のものばかりしか目に入っていなかった事を考えさせられもしました。また、それらがそこにあった理由など、これまでは、ただそれが存在している事だけを見て確認するだけで考える事はあまりなく、「さりげなくある物に対して、それが何か、何であるのかを考える」と言われた事が、自然に出来るようになりたいと思いました。

実習だけでなく、始めや終わりのミーティングも、館の方や実習メンバーの考えを聞く事が出来てとてもためになりました。しかし、私は思っている事の半分も伝えられなくて内容も薄い事しか言えず、もっと勉強をする事、考え方を深める事が必要だと思いました。自分と同じ考えや、違った視点での新たな発見など、毎回聞くのが楽しみでありながら、自分の意見を言わなければならないのはとても苦手でプレッシャーでした。

 人が持ってないものより、生活の中に実際に多く使われているものを扱っていく事、現物を見たらよりすごいと思える展示をしないといけない事、有名な人だけでなく、それを支えている人も偉い事、調査した物を現地の人に情報として返していく発信地としての仕事の事・・・など、館の方の言葉に考えさせられる事が多かったです。今帰仁村歴史文化センターは、名の通り今帰仁の歴史や文化についての展示が目的であり、地元の人から話を聞きそれを資料とする事も多いです。その時に、調査する内容以上に大事な事は、話を聞く相手―その土地で生活している人々―その人個人自身・個性であり、その人の文法、言葉が間違っていてもそのまま出す、聞き手がいて語る相手がいてという流れを大事にし、色々な展示をしているけど最終的には一人の人間を表す、という話が一番心に残りました。 

また、観光地として消費するばかりでなく自分はどう返すかという話もとても印象的でした。沖縄についてのイメージは綺麗な海と空、本土とは違う気候と文化という観光地として明るいものが強く、ひめゆりの塔などの戦争に関するものやアメリカ軍の基地問題などの暗いものは、その次といった感じでした。これは沖縄のみでなく他の観光地についても言えることですが、明るいものばかりに目が向き、暗いもの、またその地を今の状態に導いた歴史や文化、現在の問題や未来のことなどは殆ど考えることなく、どうその地で物事を楽しむかといったことばかりにとらわれがちだと思います。

実際、私はここでの毎日の生活で、館に貢献したいという気持ちも強くありましたが、それ以上に、自分の成長ばかりを考えていました。この話が出たとき、自分自身の事を振り返り、私は人に環境に与えられてばかりで、それらに殆ど何も返してない事を思いました。今の私に出来ることは、ここで経験した事や学んだ事を周りの人に伝えたりする事で、沖縄についての色んな一面を知ってもらうことだと思います。そこから、自分自身さらに勉強して、より伝えられる内容を充実させ、情報などに限らず、普段の生活も、他人へ関わり方やボランティアなどで、人に環境に物事を還元出来る人物になれたらと思いました。

 今回、学芸員の実習で沖縄を訪れましたが、学芸員の仕事以上に、人間として、自分自身を振り返って見る事、学ぶ事、反省する事が多かったです。作業を効率よくこなせない事や周りの環境にスムーズについていけない事など、迷惑をかけてばかりいる自分自身に苛立ち、悲しみを感じ、内容のある日々を過ごしながらも、毎日がとても辛かった事も事実です。実習前はただの観光地だった沖縄は、今では全然違うものとしてうつります。沖縄から帰ってしばらく経ちますが、空を見たり海を見たり博物館を見たり、家にいても、事あるごとに色々な事を思い出しては考えます。自分は何を学んだのか。それをどう生かすのか。どうこれから変わるのか。実習が終わっても、考える事は終わりません。

実際の祭祀に参加出来なかった事、地域の人と接する機会があまり持てなかった事は残念でした。仕事だけではなく、歴史の事、文化の事、人と自分の事など、多くの事を学べてとてもよかったです。この経験で学んだ事を今後生かしたいと思います。最後に。お世話になった多くの方々に感謝の気持ちがいっぱいです。色々な事がありましたが、どれも私一人では出来なかった事、作れなかった思い出ばかりです。本当にありがとうございました!
      

平成15年度


    学芸員実習記録ノート

                【企画展】



   ■上本 くるみ(神戸学院大学)     ■川崎 祐介(神戸学院大学) 
   ■新田 千代香(広島女学院大学)   ■嶋田 いずみ(広島女学院大学)
    ■田村 友美(広島女学院大学)    ■河田 和樹(神戸学院大学)

   ■松村 真利(金沢美術工芸大学) ■玉城 夕貴(沖縄国際大学)  
   ■並里 太一(大正大学)       ■斉藤 友紀(広島女学院大学)