名護(旧名護町)の神アサギ

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 旧名護町は明治41年の「島嶼町村制」で名護間切は名護村となる。大正13年に名護村は名護町となる。昭和21年に名護町から屋部村が分村する。昭和45年に名護町・久志村・羽地村・屋我地村が合併して名護市となり現在に至る。
 17世紀中頃の『琉球国高究帳』に登場する村は、喜瀬村・幸喜村・許田(久田)村・すくた村・よふけ村・名護村・宮里村の七ヶ村である。1713年の『琉球国由来記』には、名護村・喜瀬村・幸喜村・許田村・数久田村・世冨慶村・宮里村・屋部村・宇茂佐村・安和村・山饒波村の11ヶ村が出てくる。名護村に東江村と城村が含まれている。神アサギ(アシアゲ)は11の村にあり、290年近い歳月を経った現在まで神アサギは引き継がれている。
  @名護城神アシアゲ(名護城内)(名護村)(名護巫)
  A宮里村神アシアゲ(名護巫)
  B数久田村神アシアゲ(名護巫)
  C世冨慶村神アシアゲ(名護巫)
  D屋部村神アシアゲ(屋部巫)
  E安和村神アシアゲ(屋部巫)
  F宇茂佐村神アシアゲ(屋部巫)
  G山饒波村神アシアゲ(屋部巫)
  H喜瀬村神アシアゲ(喜瀬巫)
  I幸喜村神アシアゲ(喜瀬巫)
  J許田村神アシアゲ(喜瀬巫)
 もう一つ資料『沖縄島諸祭神祝女類別表』(田代安定撰録)(明治15年頃)を掲げておくと、
  名護間切各村ノロクモイ員数
    城村  壱人  ・仝神拝所名護城嶽仝所 ・神アシヤケ
              ・宮里村神アシヤケ ・世冨慶村神アシヤケ
               ・数久田村神アシヤケ
    喜瀬村 壱人  ・仝神拝所 ・喜瀬村神アシヤケ
              ・幸喜村神アシヤケ ・許田村神アシヤケ
    屋部村 壱人  ・仝神拝所 ・屋部村神アシヤケ
              ・山入端村神アシヤケ ・安和村神アシヤケ
              ・宇茂佐村神アシヤケ
とあり、明治初期でも『琉球国由来記』(1713年)の村や神アサギを踏襲している。
           名護(旧名護町)地域の神アサギ
 
  神アサギの写真         備     考


@名護城の神アサギ(名護ノロ)
 名護グスク内にある神アサギ。1713年の『琉球国由来記』でも名護城内にあり、祭祀は名護巫の管轄である。センメントの瓦屋根で最近立てかえられている。その前もセメントの瓦葺きの屋根だった。グスク内にある神アサギの一つである。名護グスクの南斜面にノロドゥンチや名幸祠や根神屋などの火の神の祠がある。七月の海神祭の時、名護間切内の名護・屋部・喜瀬の三ノロが集って祭祀を行っていた。

A宮里の神アサギ(名護ノロ)
 宮里公民館の側にあり、コンクリートに茶色のペンキを着色した屋根。祭祀は名護ノロの管轄である。柱は四本で隣接して井戸や火神を祭った祠(1952年建立)(トゥン)がある。アサギ庭があり、また宮里の公民館があり、そこの広場で豊年祭を行う。近くにメーウガミや根神屋などもある。

B数久田の神アサギ(名護ノロ)
 集落の中央部にあり、アサギナー(広場)を挟んで公民館がある。昭和61年6月吉日((寅年)に建立。中に香炉とたもと木が置かれている。柱は四本で赤瓦屋根の建物。隣にも火神を祭った祠がある。隣は根神屋である。祭祀は名護ノロの管轄である。


C世冨慶の神アサギ(名護ノロ)
 神アサギはセメント瓦の葺きの建物である。柱が四本あったようだ。アサギの下を旧道(宿道?)が通り、国道沿いは市街化が著しい。旧道沿いに竜宮や火の神を祭った祠がいくつかある。アサギの上手の方に根神屋や井戸などある。旧集落の面影が今でも残っている。神アサギ内に香炉が置かれ、またお米粒のついた稲がつるされている。祭祀は名護ノロの管轄である。

D屋部の神アサギ(屋部ノロ)
 赤瓦屋根の建物。神アサギの前はナー(庭)になっていて、ナーを挟んで豊年祭の舞台が設置される。神アサギの横の祠は根神火神の祠である。四本の柱があったようだ。香炉やタモト木はなし。祭祀は屋部ノロの管轄である。旧公民館跡の後方にサグイ神の火神の祠もある。
E安和の神アサギ(屋部ノロ)
 セメントに赤色を塗装した屋根。柱が四本あり、タモト木を模したコンクリートの段がある。現在の建物は昭和55年に建立。隣接して安和神社やガジマルの大木の下に火神を祭った祠がある。公民館と神アサギの間はアサギナー(広場)となっている。 
F宇茂佐の神アサギ(屋部ノロ)
 土の上に建てられた四本のサンゴ石灰岩の柱にコンクリートの屋根を乗せてある。非常に低い建物である。前方はアサギナーになっていて隣にも火神を祭った祠がある。祭祀は屋部ノロの管轄である。素朴な感じのする神アサギである。
G山饒波の神アサギ(屋部ノロ)
 山入端神社の隣に神アサギがある。柱は六本あり、セメント瓦を赤に塗ってある。
神アサギと公民館との間はアサギナーとなっている。祭祀は屋部ノロの管轄である。




    
H喜瀬の神アサギ(喜瀬ノロ)
 
赤瓦屋根の建物。現在柱は4本となっている。前の建物はセメント瓦屋根の4本柱であった。隣にノロドゥンチが新築されている。周辺にいくつか小さな祠がある。神アサギの前にアサギナー、それを挟んでムラヤー(公民館)がある。祭祀は喜瀬ノロの管轄である。山手の方に水田が広がり、山原型の集落が見られる。
I幸喜のアサギ(喜瀬ノロ)
 赤瓦屋根の四本柱の建物。公民館と神アサギの間はアサギナー(広場)となっている。幸喜からも喜瀬ノロを出したと見られヌルドゥンチがある。香炉やタモト木は置かれていない。祭祀は喜瀬ノロの管轄である。海神祭のとき、喜瀬ノロは名護グスク内での祭祀に参加する。

J許田の神アサギ(喜瀬ノロ)
 集落の中央部にあり、現在の神アサギは昭和62年8月吉日に建立されたもの。ムラの火神の祠がる。アサギは四本の柱で赤瓦屋根の建物。内部に蓋のある香炉とタモト木を模したコンクリートが設置されている。祭祀は喜瀬ノロの管轄。