湧泉(カー・ハー)散歩 

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59.名護市源河ウェーキの西側のカー


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58.今帰仁村湧川のフルガー

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57.名護市瀬嵩のイズミガー(泉川)(2002.12.27 金)

 瀬嵩は名護市(旧久志村)の字の一つで沖縄本島の東海岸に位置する。瀬嵩のイズミガーは集落後方の山手の麓にある。23日(月)に訪ねたカーである。集落から離れた場所にあり、以前ムラの方に聞いたのであるが探すことができなかった。

 正月の若水を汲むカーなのであろうか、村の人たちによって草が刈り取ってあり通りながら見つけることができた。草の刈られた小さな道筋をはいていくとカーにぶつかった。オオーである。
 湧く口の後方に大きなガジマルの大木があり、根や枝が伸びている。周辺は客土され回りは水面より上がり、かつての風景はみられない。周辺は水田地帯だったにちがいない。コンクリートの屋根、そして右手に香炉があり、また水中に切石が見られる。

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   ▲イズミガーの湧口      ▲湧く口の傍にコンクリートの香炉

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 ▲後方に根を張ったガジマルがある  ▲水面に小さな花


56.古宇利のイリガー(2002.12.18 水)

 古宇利島のアガリガーを訪ねたのは16日(月)である。これまで何度か訪ねている。イリガーは集落に近い所にあるカーであるが、塩分を含むようで飲料水には適していなかったという。アガリガーとあわせてメオトガー(夫婦ガー)ともいう。
 プーチウガンの時(旧暦4月と9月の吉日)に東側を拝む神人たちによって拝まれている。
     (工事中

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55.古宇利のアガリガー(2002.12.18 水)晴

    (工事中


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54.渡喜仁のウッパマガー(2002.12.17 火)曇

 ウッパマガーは渡喜仁に入る。ウッパマ(大浜)にあり、崖の麓から湧き出てくるカーである。戦後、しばらく9軒の集落があり、付近に住んでいた照屋一門が管理している。流域に水田もあったという。
    (工事中

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53.運天のカーA(2002.12.16 月)晴


    (工事中

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52.運天のカー@(2002.12.16 月)晴 


      (工事中



51.上運天のカー@(2002.12.16 月)晴

 
上運天のアサトガー付近にあるカー。フプガーとかの名称があるようだ。カーは後方の森に降った雨がしみだして溜まったカーのようだ。切った琉球石灰岩で積んである。1m余りの深さである。台風で折れた木々が積まれ、カーそのものは使われていない。

  (工事中

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50.名護市真喜屋のヌルガー(2002.12.10 火)曇

 真喜屋は旧羽地間切(村)のムラの一つ。ヌルガーはノロのカー、ノロ殿内の近くにあるカー、あるいはノロが管理していたカーという意味。ヌルガーは真喜屋のウタキの麓から湧き出しているカーである。近くにカミガーや上之倉井がある。
 ヌルガーの近くに真喜屋ノロ殿内がある。カーの側に碑があり「寄贈者宮平松助 平成十二年九月五日竣工 旧八月八日」とある。現在は水が涸れている。
 
真喜屋のろ殿内の碑の裏面に「のろ殿内新築記念碑 こののろ殿内は在伯仲尾徳英氏及び仲尾権四郎氏御一家の篤志を戴き 昭和五六年旧八月八日の吉日を印して落成す 仍てこの碑を建てて後世に伝う 真喜屋区」とある。
       (工事中

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49.名護市安部のクバガー(2002.12.4 水)晴

 名護市安部(アブ)は旧久志村、現在名護市の字の一つ。東海岸にあり小さな集落からなる。中央部を国道331号線が通り集落を分断している。その北側に御嶽や拝所が並んである。クバガーは御嶽の麓に位置してある。
 カーは粘板岩を積み、御嶽に降った雨水がしみだしカーをなしていたのでしょう。使わなくなって大分なるのであろうか。水が涸れている。線香も置いてあり、まだ拝みにやってくる人たちはいるようだ。
 
近くに掘り込んだ井戸がある。名前は知らないが屋敷に掘って使っていた井戸のようだ。中を覗くとサンゴ石灰岩を丁寧に切った石で布積みに見事に積んである。そこは兼久(砂)地のようだ。


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  ▲クバガーの様子。水が涸れている。   ▲板線香が置かれている

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  ▲屋敷にある掘り込み井戸          ▲サンゴ石灰岩で石積み


48.東村慶佐次のムラガー(2002.12.3 火)晴

 
昨日訪ねた東村慶佐次のムラガーはニーガーとも呼ばれているようだ。旧集落の入口にはシーシ(シーサー)が置かれている。ムラガーは集落の後方にある御嶽(ウタキヤマ・タキサン)があり、左縄(ワラ縄)張られたお宮がある。お宮への上り口に鳥居があり、本来の沖縄のウタキの姿ではないし、違和感を覚える。恐らく、昭和10年代のものであろう。

 お宮に登る手前に円形のカー、その上流部に古いカーがある。上のカーが古いと言われているが、呼び方はどちらもムラガーやニーガーのようだ。上流部の古いカーは石積みで四角に囲み、コンクリートは後世のものであろう。そこの石はサンゴ石灰岩(海石)を削って積んである。一帯は粘板岩のため海石を使っているようだ。

 上のカー、下のカーにも線香を置く香炉が設置されている。ムラガーやニーガーと呼ばれているように慶佐次のムラの発祥と関わるカーに違いない。これらのカーとは別にナーカヌガーやミートゥガー、ウブガーなどがある。

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      ▲ムラガーやニーガーと呼ばれるカー二つ

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 ▲手前とお宮の左手にカーがある。


47.本部町北里のキジキナガー(2002.11.28 木)晴

 昼食後本部町北里のキジキナガーまで。お願いすることが続いているので気分転換に。今帰仁村から国道505号線を本部町に向けて数分ばかり行くと具志堅・新里を通り過ぎると北里である。その次は浦崎である。
 本部循環線(現在の国道505号線)は本部間切の渡久地番所と今帰仁間切の運天番所をつなぐ宿道(スクミチ)であった。ところどころに松があり、かつての面影が僅かながらしのばれる。
 国道沿いの北里の小さな集落を山手に車を走らせると1q足らずの所に、森と森の間から道路が山手に走っている。道路沿いにキジキナ川と書かれた標柱があるのカーだなとすぐわかる。標柱に「根川」とも書かれている。
 (工事中)

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46.名護市(旧羽地村)親川のウェーガー(2002.11.27)曇

 ウェーガーは親川と記し、字名と同じ名称。ウェーガーはウプガーと同様な呼称である。親川村は羽地間切の中央部に位置し、近くに羽地番所(親川番所ともいう)あった村である。近世に分村しているのでカー名に因んだ名称かもしれない。
 ウェガーは小さな森の麓にあり、もとの石囲いに土管を二度に渡って埋め込んである。本来は湧き出ていたカーのようであるが、回りを客土したため土管を埋め込み掘り込み井戸のようになっている。
   (工事中)

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45.名護市(旧羽地村)振慶名のニガミガー(2002.11.26)曇

 公民館の隣にコンクリートで回りを固めたカーがある。ニガミガーと呼ばれ、根神(神役)が管理するカーである。御嶽・神アサギ・集落、そしてニガミガーが近くにあり、かつてのムラの形が読み取れる空間をなしている。
 
振慶名は1736年に蔡温の山林政策で、現在の今帰仁村湧川地内から移動したムラである。移動後に御嶽・神アサギ・カー・集落などがつくられた。ムラが移動した時、集落がどのように形成されるのか、その手がかりを与えてくれるムラである。ムラ全体で御嶽をきめ、神アサギをつくり、さらには神役である根神のカーもつくっている。近くにアッペフガーもあり、ウペーフと呼ばれる男神役のカーもある。
 
カーは浅く回りは石積み。水は涸れているが、香炉が置かれハーウガミがなされている。公民館や神アサギなどが新しく作り変えられている。ニガミガーも・・・。移動集落の形態を持つムラ故に、現在の周辺整備は集落の成り立ちをもっと意識して、それが過去の遺産として見れるような整備であって欲しいものだ。

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▲ニガミガーの後方は御嶽   ▲カーの周辺に集落が発達している

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 ▲カーの内部の様子。浅い           ▲ムラの祭祀でも拝む

44.恩納村谷茶のシリンカー(2002.11.24 日)曇

 沖縄自動車道(高速)に乗らず、西海岸沿いに那覇まで。午前中時間があったので、谷茶の集落へ立ち寄ってみた。今年は二度目であるが、以前は図像や御嶽、集落・猪垣などに目が行っていた。今日はカーが目的と念をおしてシリンカーへ。シリは「集落の後ろ」「後方」にあるカーのこと。谷茶にはカーウガミをするカーが三ヶ所(アガリガー・ウドゥンガー・イリガー)にあり、その一つがシリンカーである(シリンカーと記したがウドゥンガーの可能性あり)。恩納村谷茶の集落はシンダカリ、メンダカリと呼んでいる。
 カーの水は涸れている。1mくらい掘られ石積みで囲ってある。水はないがカー周辺の雰囲気がいい。カーの近くのアタイグァー(小さな畑)で親子が野菜を植えているのか。ハルサーをやっている。ここもウブガーでムラの人たちが拝みにやってくるため小さな祠が置かれている。御嶽が近くにあり、斜面に旧屋敷があり、集落が低地に移動した形跡が残っている。石は粘板岩のようだ。

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   ▲シリンカーの様子。小さな祠があり、周辺は石積みで囲ってある。

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▲石積みで囲われた内部        ▲集落からシリンカーへの小道


43.今泊のクビリガー(2002.11.22 金)小雨

 
歴文のある今泊集落内にあるクビリガーまで。雨が降るとか時間のない時に立ち寄る予定にしていたカーの一つ。崎山にある?ヌルガーを予定していたが見つけることができずクビリガーへ。掘り込み井戸。
 クビリは「くびれ」のこと。細くなったところ。近くを流れるニークンガー(志慶真川の下流域)が細くくびれた場所に近いことに由来。集落内のマーウイ東からニークンガーへ通ずる途中にある。深さは3〜4m程度である。兼久(砂地)を堀り込むと琉球石灰岩の層にあたり、その岩盤を掘り込むと水脈に達している。満潮時に海水が遡流してくるニークンガーに近いため塩分を含んでいるようだ。


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               ▲現在のクビリガーの様子     

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  ▲クビリガーの中の様子         ▲近くの福木の並木がいい 

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 ▲クビリガーから河口へ          ▲ニークンの河口の様子 

42.名護市(旧羽地村)古我知のシトシンガー(2002.11.21.木)

 旧羽地村の古我知のシトンガーまで足を運ぶ。昨日、屋部川から呉我(奈差田川)へ運河を開削することを記した。羽地内海の奈佐田川の河口の状況が知りたくて古我知へ立ち寄ってみた。シトシンガーの隣にある農村公園から奈佐田川の遠景と集落をみるのが目的であった。シトンガーがあったことを思い出してのカー散歩となった。
 シトシンガーとはなんだろうか?シトはシトゥであれば姑、シンはシリで後方のカーということか。カーにまつわる伝承があるかもしれない。隣接して区民ひろば(農村公園)がある。かつてそこに神アサギがあったという。古我知はいくつかの拝所が一箇所に統合。神アサギもお宮の方にまとめられている。
 そのため本来のムラの形態が崩れてしまっている。御嶽や神アサギ、そしてシトシンガー、そして集落の形態などを含め、図面や机上の上で復元してみる必要がある。集落の前方に広がる羽地田圃(ハニジターブク)を抱え、18世紀中頃水路開削論が展開された奈佐田川を抱えているわけだから。それだけでなく、古我知焼きの窯場があった地でもある。


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    ▲古我知のシトンシガー        ▲シトシンガーの湧口

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   ▲シトシンガーへの小道      ▲区民広場に神アサギがあった    


41.今泊のマチンチャガー(2002.11.20 水)曇

 
マチンチャガーは「松の下にあるカー」の意。付近に何本かの松の大木があったという。今泊の集落にある馬場跡から小道を通り、奥まったところにこのカーがある。そこはムラ・シマ講座で何度かきている。今泊には掘り込んだ井戸が30余りあり、集落内に井戸が掘られる以前は、主にエーガー(親川)が使われていたに違いない。
 30カ所余に井戸が掘られているのは、余り深くないところを水脈が通っているからである。また集落のある一帯は兼久地(砂地)のため、比較的掘りやすいこともあろう。井戸に通ずる小道の両側に屋敷囲いの福木と野面積みの石垣囲いがあり、井戸が使われていた頃の人々の息遣いが伝わってくる。
 
   (工事中
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40.仲尾次のイリガー(2002.11.17 )曇

 
夜明けが遅くなったせいもあって、朝のスタートがにぶい。それとどこにカーがあったかなと。それと悪天気が続いているので躊躇している。そういいつつもカーに向かっている。今朝は仲尾次のイリガーに行ってみた。国道505号線から仲尾次の公民館前を通り、集落の中にあるイリガーへ。以前は畑の側にあったが近年家が新築されている。屋敷の周りはブロックで囲われている。カーは道路の側に掘られている。
 イリガーは井戸(チンジャ)である。掘り込んだ井戸もカーやハーと呼んでいる。
 仲尾次は移動集落のため、湧泉のカーは故地にある。アガリガー・イリガー・メーガー(35で紹介)とも、掘り込んだ井戸である。イリガーには石柱が二本はり滑車を利用して水を汲んだようだ。メーガーが使われていたころの深さは310cm余り(現在は560cm)であったが、イリガーはもっと深い。水面まで撮影することができなかった。中には18mに達する深い井戸もあるようだが、イリガーについては実測してみたいものだ。

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     ▲二本の石柱がある。現在のイリガーの様子。


   ▲深いということもあってか滑車を使って水を汲んでいる。


  ▲深い井戸、回りは石積みで、現在は蓋がしてあり利用されていない。


39.本部町渡久地のワリガー(2002.11.16 土)小雨

 本部中学校の後方にあるカーをワリガーと呼んでいる。ワリは割れ目のこと。割れ目の地形に因んで付けられた名称。中学校後方の山はカルスト地形をなし、古生期石灰岩の割れ目から水が湧き出している。学校敷地と山の麓の間をカーが流れている。自然の空間をうまくいかしている。「カーのある学校」である。(歴史文化センターに書き込んでしまったので略です)

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   ▲岩が落下しワイトィに        ▲岩の割れ目に湧口がある

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    ▲湧口から水路が通してある。右手は学校の中庭    

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       ▲蓮が花を咲かせている。また水草も・・・

38.勢理客のカー(2002.11.15 金)曇.

 勢理客の石垣原にあり、イチガキガーと呼ばれているのはこのカーだろうか?勢理客の集落から離れた場所にある。勢理客のインガ集落の人たちが利用したのだろうか(近々確認してみることにしよう)。近くに水量の多いユチュットゥ(吉事)があり、取水をし供給している。
 カーの後方は森になっていて、その麓から湧き出ている。下流域はヨシコトを水源とする豊富な水があり、昭和40年代まで水田が広がっていた。
 (工事中なり)

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   ▲勢理客のカーの様子       ▲湧き口はコンクリートで囲ってある

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  ▲親切に階段があります            ▲真上から見た水の流れ

37.謝名のイビガー(2002.11.14 木)曇

 もやった朝である。謝名のイビ(ガー)へ。普通イビと呼んでいる。イビは御嶽の中のイベ(イビ)に因んだ呼び方なのだろうか?しかし、御嶽にはなっていないので他の意味があるのだろう。このカーは琉球石灰岩の上に乗っかった森の麓から湧く出るカーで、一帯は湿地帯になっている。今でも沼状態にあり、イビはユピタ(深田・湿地)に因んだ名称かもしれない。
 イビの側の湿地となっている場所の地目は「田」(イビ田や神田ともいう)で謝名の男神役(ペーフ)を務めていた桃原惣嘉氏(故人)の名義になっている。桃原氏がペーフをしていた頃、この神田から稲を刈り取って祭っていたことが記憶にある。
 イビガーは井戸が集落内に井戸が掘られるまで謝名の仲原(ナカバル)や越地の人たちが使っていたカーである。カーより周辺が高く盛られているため、かつて使っていた場所が水没している。水中に石積みやコンクリートの囲いがみえる。このカーを使っていたナーボロ(仲原)集落への小道が今でも残っている。また神田として使われていた田も沼地としてある。戦後、イビガーの上の方に製糖工場ができ、イビの水を利用していた。

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   ▲イビガーの様子          ▲水面下にコンクリートの囲い

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▲イビガーの拝所の目印の石  ▲イビガーから集落への道


36.運天のミートゥガー(2002.11.13 水) 曇

 このカーの名称は定かではない(晩に字誌の集まりがあり、近くに住む上間守氏にミートゥガーとアガリガーについて教えていただいた。感謝)。ミートゥガー(夫婦ガー)は運天のムラウチ集落にあり、後方は丘陵になっていてその麓にある。
 手前に石積みの∩型のカー、奥の方は長方形をなしている。二つあるのでミートゥガー(夫婦ガー)と呼ぶという。水を溜める四角の凹石もあるが、今では線香捨てになっている。カーは水があり、隣の民家が散水用に水を引いて利用している。汲み出すと今でも十分使えるカーである。 
 運天のムラウチ集落は明治になって一般の人たちが住むようになったようで、ミートゥガーは主に間切番所や在番の役人達が飲料水として使っていたに違いない。
 ミートゥガーは「ここは女性、もう一箇所は男性が使う」という約束事があったか定かではない。カーの名前を教えていただけでもありがたいものである。
 運天は番所(役場)があった所で、その近くにウプガー(大川)とイリジョウガー(掘り込み井戸)がある。また神アサギの近くに掘り込んだ井戸はイリガーという(下の写真)。この井戸は満潮時に塩分を含むので飲料水にはあまり適しなかった。そのため飲料水は麓にあるミートゥガーを主に使ったという。
       
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   ▲ミートゥガー(夫婦)の一つ       ▲手前のカーの内部

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▲カーの前にある水溜の凹石 ▲神アサギの側にあるイリガー(井戸)

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 ▲ミートゥガーの一つ(奥の方)      ▲カーの内部のようす

35.仲尾次のメーガー(2002.11.12 火)曇
 仲尾次のメーガーは公民館の前方にある掘りぬき井戸である。仲尾次は近世?に移動してきた集落である。そのため祭祀場(拝所)は旧地(スガー御嶽、別名中城)に今でも残っている。
 集落の移動後に掘られた井戸(カー)は、掘り込みの井戸でメーガーと呼ばれている。メーガー(前の井戸)は集落の前方に位置することに由来する。古い井戸は直径が約130cmで、当時の深さは水面まで約310cm。後に埋められた部分は約254cm。現在地から水面まで565cmほどある。
 当初の井戸の直径は130cmほどだが、現在の土管の直径は156cmと大分大きい。旧井戸は石積みで小規模の井戸である。仲尾次にウプガーと呼ばれるような湧泉がなく、掘り込み井戸が12ヵ所にある。湧泉(ハー)がないのは、集落が台地上に移動したことを示しているに違いない。
    
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▲仲尾次のメーガー(中央部)       ▲土管に蓋が被さっている


  ▲土管の中に旧井戸がそのまま残されている


34.本部町浜元のアサギガー(2002.11.10 )晴

 浜元の公民館の近くに神アサギ・アサギナー・旧公民館・カーなどがある。アサギガーの名称はアサギの側にあることに由来する。現在の形は1966年3月に阿波根昌徳氏の寄贈でコンクリートで整備されたようである。水面から地上部まで約90cmで、下の方は元の形で残っている。
 危険防止のため金属のトビラがつけられている。深いカーではないが、道路や周辺が上がったために90cmほど埋まっている。内部は半円の石積みがなされ、産井(ウブカガー)として使われているという。アサギガーの後方がアサギナー、その向こうに神アサギやウルン(御殿)などがある。瓦屋根の建物は旧公民館である。公民館の後方の森が御嶽である。浜元は上の御嶽と中の御嶽と二つある。当初中の御嶽はイビヌメーかと考えていたが、どうもそれも御嶽のようだ。
 各地のカーで産水を汲んでいる。それが何を意味しているのか、どんな観念なのか掘り下げてみたいものだ。

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  ▲アサギガーの様子            ▲横からみたアサギガー

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 ▲アサギガーの内部        ▲トビラを開いた状態


33.本部町備瀬のシリガー(ニーガー)(2002.11.9 土)晴

 
備瀬の集落は南北に細長く伸び、神アサギやニーヤーやムラヤー(公民館)あたりから北側をシリバーリ、南側をメンバーリと呼んでいる。このカーは北側のシリンバーリに位置することに由来する。また集落の後方(シリ)ということでもある。楕円形で径が約235cm×390cm、深さは約4m、縁石部分が約50cmの掘り込んだ井戸である。このような井戸をチンジャというが釣井戸のこと。
 ミーガーのような足場が設けられていない。途中岩盤があったようで、石が飛び出している部分がある。滑車は設けられていなかったようで、縄にクバで作ったるるべを使った時代もあろう。戦後になってバケツをつるべにしている風景が写真でみかける。

 シリガーはニーガーとも言われ備瀬の集落の発祥と関わるカーの認識がある。集落から離れ畑の中にポツンとある。今では使われていないようで、蔓が巻きついている。拝み用の香炉が固定されている。ハブの抜け殻があり、井戸の石垣を棲家にしているのであろう(気をつけよう)。知らずして縁石の回りを歩いたのだ!(冷えていたので、石垣の中にでももぐりこんでいるでしょう) カー散歩でハブに打たれたなんて、シャレにもならんでしょう。夕暮れや朝早く水汲みにきてハブと出あったこともあったであろう。

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  ▲掘り込みの井戸(カー)            ▲井戸の井筒(縁)に香炉

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  ▲井戸(カー)の内部、右側は岩盤     ▲縁石にはハブの抜け殻も

32.本部町備瀬のミーガー(2002.11.9 土)曇

 
本部町備瀬に掘り抜きの井戸がいくつかある。掘り抜きの井戸であるがカーと呼んでいる。このカーは集落から外れた畑の中にある。集落から山手の方に位置する。集落内は砂地(兼久地)のため井戸を掘って湧き出ても塩分を含んだ水が出てくるようだ。そのため、山手の方に井戸を掘っている。
 ミーガーは新カーという意味か。ニーガーが集落の発祥と関わるカーだと言われ、それよりも新しいカーということだろう。このカーは内部が円形ではなく四角張っている。そして特徴的なのは井戸に降りる石段が設けてあることである。径が約180cm×200cmあり、深さが地上まで5m。縁石部分は約30cmある。水量はそう多くはなさそうである。

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  ▲掘り込みのカーの上部     ▲カーの内部、左側に足場の石が


 ▲内部は一部円形で石積み


31.崎山のイリガー(2002.11.8 金)曇のち晴

 崎山の集落の東側にヒチャマガー、そして西側にイリガーがある。ヒチャマガーから150mほどの位置にある。崎山の集落の東側の人たちはアガリガー、西側はイリガーを利用したのであろう。イリガーはヒチャマガーより新しいという認識がある。また掘り込みの井戸(チンヂャガー)ができたのは明治になってからだという。「男は天秤棒で担ぎ、女性は桶を頭にのせて運び、パンドー(水甕)に溜めて使った。家族の多い家ではパンドーを二基も置いていた。金持ちや瓦葺の家ではセメントでタンクをつくり天水を溜めて」(崎山誌)使っていたという。
    (工事中

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30.名護市(旧羽地村)仲尾のイリマタガー(2002.11.7 木)晴

 朝の天気よし。旧羽地村仲尾まで。集落内にアガリマタガー(東又湧泉)とイリマタガー(西又湧泉)がある。仲尾の集落は今帰仁村の運天と似ている。羽地間切の租税の仕上世米などの積み出し港、丘陵に囲まれた集落、移動集落、馬場があった、トンネルがあるなど。
 仲尾の集落は半田原にあった古島から仲尾原に移動している。1835年には仲尾村の人口が134人、その内7戸47人が現在の仲尾集落に、東兼久に4戸住んでいたことがわかる(「羽地間切肝要日記」道光15年)。集落の移動からすると、二つのカーは集落の移動でムラの人たちに使われるようになったのであろう。

 
アガリマタガーは道路の整備で土管が埋められている。残念。整備されるまでは、いい形のカーであった。遺すならもうちょっと工夫してもらいたいね。石積みにするとか。風情がなさすぎる。

 イリマタガーは井戸である。人工的に掘り込んだ井戸のこともカーと呼んでいる。掘り込んだ井戸(チンジャ)と湧き出る泉(カーやハー)とは区別したいものだ。もちろん流れる川とも。
 このイリマタガーはりっぱな石垣のある金細工屋(ハンゼークヤー)の側にある。また今では空き地になっているが井戸と隣接してヌル殿内があった。イリマタガーはヌル殿内や金細工屋などが利用していたのであろう。井戸の直径も2m30cmあり、一般的にみる井戸より大分大きい。今はほとんど使われていないが、内部の石積みや周辺の雰囲気から、結構使われていた姿が彷彿する。

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           ▲名護市(旧羽地村)仲尾の集落

@アガリマタガー
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   ▲整備はされたものの・・・          ▲カーの内部も土管で・・・

Aイリマタガー
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 ▲人工的に掘り込んだ井戸・・     ▲石積みがしっかりしているカーの内部

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   ▲突き当たり左にカーがある。金細工(ハンゼークヤー)のりっぱな石積み。


29.崎山のメンスガー(2002.11.6 水)曇
 農家の朝は早い。崎山のメンスガーに立ち寄るとビニールハウスの中の野菜に散水をしている農家の人たちの姿があちこちに見られた。キュウリやスイカやニガウリなどを栽培している。
 メンスガーは「前の塩湧泉」(前の塩川)の意であろう。近くにスガーの御嶽(塩川の御嶽)があり、そこにも塩分を含んだ湧泉がある。炬港に注ぐヒチョシナガーラは満潮時には海水が大分奥地まで遡流する。かつてはスガー御嶽あたりまで海水がきたのであろう。そのために塩分を含んだ水が湧き出て、それがカーの名称になったのであろう。
 周辺は土地改良で大幅に地形が変わってしまった。その中に崎山の発祥地、ムラ人たちが使ってきたカーがあり、土地改良で潰すことなく残してある。
 カーそのものは水が枯れてしっている。土管にその面影を託しているのであろう。「崎山発祥之地 五百年前(1987年設立)現在地に崎山の集落があったと伝えられる」と刻まれている。手前に香炉が置かれ、入口には線香がたくさんあり、訪れる人が多いようだ。 

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     ▲崎山のメンスガーの様子         ▲ムラ発祥の地の碑が建立
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  ▲水の枯れた湧口        ▲メンスガーからみたスガー御嶽


28.名護市大浦のウプガー(2002.11.5 火)晴
 休日だったので、朝早く山越えをして名護市の東海岸にある大浦を訪ねてみた。かつて印象深いカーが記憶に残っていたからである。同じような形をしたカーが三カ所に確認することができた。公民館から東側のU字型になった奥まった所にカーを見つけた。記憶にあったのとは別に。カミヤーの側にあるカーで近くの家主にカーの名前を聞いてみるとウプガーだという。カミガーだったようだが!「近くにあるもう一つのカーの名前は?」と聞くと「名前あったかね。このカーが古く、あのカーは人が増えたので作ったはずよ」との答え。
 どっちがカミガーで、どっちがウプガーか。近いうちに確認してみることにしよう。

 集落の後方にイチジイの大木が茂る山が迫っている。集落は大浦川の左岸に細長く発達している。川にはマングローブが繁茂している。川に平行に集落の中を通る道がある。かつての中央通り(ナカミチという)だったのであろうか。その中間あたりに公民館や神アサギ、そしてアサギミャーがある。一角に大きなガジマルがありボンベの鐘が吊るされている。ナカミチに沿って石積みのりっぱな屋敷囲いが数軒あった。誇りにしているのだろう。道路の拡張や駐車場にとられたりしているが、それでも全て取り払うことなく、一部でもいいからと。また、そっと訪ねたい集落である。

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   ▲大浦のウプガー?             ▲ウプガーにあるイモ洗い?

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   ▲大浦のカミガー                 ▲大浦の□□ガー(名前?)


27.与那嶺のペーフガー(2002.11.3 )晴
 与那嶺のペーフガーまで。近くにユナンガー(与那嶺)がある。ペーフは男の神役名で、ペーフが管理していたカーなのだろう。カーの北から東側にかけて与那嶺の集落が形成している。
 与那嶺の集落は大きくシリンバーリ(後)とメンバーリ(前)に分けられる。ペーフガーはシリンバーリの西側に位置する。12月24日(新暦)のプトゥチウガンの時、八カ所の御願があるが、ペーフガーも拝む。また旧暦の五月のハーウガミの時はフプガーと並んで拝みにくる人たちが絶えなかったという。
 土管が埋設されて、かつてのカーの面影はほとんどないが、排水口に囲いの石がいくつか残されている。周辺はペニールハウスの畑となっているが、一帯は水田が広がっていた時代がある。「このカーにウロで中の抜けた松の大木を埋め込んだら水が噴出してきた」との話を聞いたことがある。土管を埋設したものの、周りに水が噴出している。なるほどと思ったりしている。

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  ▲周りはビニールハウスの畑         ▲埋設された土管とサトウキビ

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    ▲用をなしていない土管    ▲僅かな囲いの石が残っている。 

26.上運天のアナガガー(2002.11.1 金)曇

 アナガガーのアナガは穴窪のこと。穴窪になった湧泉のこと。一帯は小字の阿那川原である。このカーはやはり窪地をなし、穴から排水される。昨日の大雨で水が溜まり、泥んこ状態。湧泉部分は濁らずにすんでいる。
 アナガガーの水のはけ口が、地下に浸透させるような穴になっている。カーの名の示す通り、くぼ地となっているため、大雨になる周辺の水の溜まり地形になっている。隣には水溜原の小字の地名にもなっている。先人達はアナガガーや水溜(ミンタマイ)など地形に合わせた地名をつけている。なるほどと関心させられる。

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       ▲カーへ降りる階段           アナガーの湧口

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   ▲雨で泥水が流れ込んでいた        ▲湧口の方は大丈夫!