今帰仁村古宇利                                  トップへ


 これまでの古宇利島の調査記録をここに集めます。


2003.2.28(金)

 明日古宇利島の字誌の集まりがある。これまで関わってきたこともあって出席する。その会議資料として10名の方々の原稿の割付をしてみた。島のことをこよなく愛し、島の将来についても深く考えている。私などよそ者が、島の方々をそっちのけで「ああだ、こうだ」と泡を飛ばしている姿はこっけいに見えてくる。主役は島の方々なのだから。

 『古宇利誌』は島の人たちのよりどころとなる内容であり、また島の将来を考える指針となる意見でもある。さらに島の人たちの思いの詰まった袋であり、大事な知恵袋でもある(研究者の論文ではないのです)。

 内容について、『古宇利誌』が完成する前に島の人たちの目で確かめ、不足分は補い、さらに膨らまして欲しい。それで明日は、さしあたり二編分(約50頁分)配布する予定である。内容についての報告は、明日の集まりの結果しだいなり。



2010年3月30日(火)

 早朝、古宇利の二月ウマチーがあった。二月ウマチーは麦の結実のウガンである。二月ウマチーは旧暦二月十三日から十五日にかけてのウガンである。五月ウマチーは昨年拝見している。二月ウマチーと五月ウマチーは同じ場所を拝んでいると思っていた。ところが、二月ウマチーと五月ウマチーでは、流れが異なっている可能性がある。

 今朝行った二月ウマチーを素描してみる。(  )の場所でのウガンがなかった。それは略したのか、それとも二月ウマチーではウガンはしないのか。それとは別にフンシーガミ(古宇利春夫氏)は夜中から夜半にかけて、人に逢わないようにして一人で廻っている)。
(午前五時に間に合わせて島にいくことができず途中から参加。そのためハヤサンサチでの画像はなし)

 ・(ヌルヤーでのウガン:今回13日に行っている)
 ・午前五時頃 ハヤハンサチ(島の東側の海岸)でのウガン
 ・神アサギのフンシヤー寄りで、鍋に湯を沸かしムギ(ムギに見立てたヒエ)を炊く場面
 ・神アサギの内から東方(塩屋へ)のウガン
 ・(フンシヤーの離れでの語らい。五月ウマチーには行っている)

 午前五時前に区長さんがハヤハンサチ(海岸)で釣りをしている人達に、これからウガンが行われるので「場所を移ってほしい」と声をかけたという。その後、神人(今回は兼次フサエさん一人)を車でお連れし、そこでウガンを行う。それが終わると神アサギのフンシヤー寄りに俄かのカマドをつくり湯を沸かす。どこから沸くかで台風の様子を占うようだ。今回は「西側から沸きだしたので大したことはない」とのこと。

 たぎった湯にハヤハンサチで摘んできた麦(麦にみたてたヒエ)を入れ、湯がいた麦をお碗に入れて神アサギへ、ビンシーと一緒に持参していく。神人は神衣装で神アサギへ。

 ちゅくいむん(作物)の豊作祈願をする。神アサギでのウガンが終わると解散。フンシヤー(古宇利子)の離れでの団らんはなかった(二月ウマチーではないのか?)。