第11期(平成15年度)

  ムラ・シマ講座



                 平成14年度(第10期) のムラ・シマ講座へ


      参加希望の方は歴史文化センターまで連絡下さい!


■第7回 ムラ・シマ講座 2003年12月13日(土)
 〔屋我地島、古宇利大橋をゆく〕


9:00 歴史文化センターの講堂に集合
   ↓   出席のかくにん
   ↓   ノートの説明
  9:20  屋我地島へ出発〜調査
    ↓ 古宇利大橋の事務所で、橋についてのビデオを見ます。
   ↓ 古宇利大橋のできているところまでを通ります。
 11:00
   
 大堂原貝塚(うふどうばるかいづか)の見学
   ↓

 12:20ころ    文化センターにとうちゃく!!
               感想発表をして、さようなら〜〜♪♪




■第6回 ムラ・シマ講座 2003年11月15日(土)(終了済み)
 〔今帰仁村湧川をゆく〕


9:00 歴史文化センターの講堂に集合
   ↓   出席のかくにん
   ↓   ノートの説明
  9:50  湧川に出発〜調査
    ↓
    ↓ ウタキ(御嶽)
   ↓ ノロドゥンチ(ノロさんのおうちのあと)
   ↓ シンザトヤー(新里屋)
   ↓ 
神アサギ
   ↓ スーヤー(塩屋)のウタキ

 12:00 センターにもどって、発表!!  おつかれさま〜♪♪





■第5回 ムラ・シマ講座 2003年10月11日(土)(終了済み)

 〔本部町具志堅をゆく〕

 
 具志堅は(ぐしけん)は方言で「グシチン」といいます。具志堅は明治時代の始めごろ(今から130年くらい前)に、具志堅ムラ・真部(まぶ)ムラ・上間(うえま)ムラの3つのムラがひとつになってできたムラです。
 ふつう、ムラがひとつになっても神様はひとつになりません(例えば、今泊、諸志、玉城)。けれども具志堅は昭和17年(今から61年前)に、具志堅・真部・上間の神アサギをひとつにしました。
 現在の具志堅は、大島(おおしま)・新島(ミージマ)・サガヤの3つに分けられます。

 具志堅にもたくさんの神行事(かみぎょうじ:神さまにかんしゃのいのりをして、豊作や船の安全やムラの人の健康をいのる)があります。おおぜいの人が集まるのが「シヌグ」という行事です。ウーニフジ、ウプユミ、トントトトン、イナグユバイ、そしてシヌグ本番の5日間行います。

 
講堂の展示(てんじ)の調査をしたあと、具志堅へ出発します!!


 9:00 歴史文化センターの講堂に集合
   ↓   出席のかくにん
   ↓   ノートの説明
   ↓   具志堅の展示のちょうさ
  9:50  具志堅へ出発
    ↓
    ↓ ウイマヤー(上間屋)
   ↓ クランモー(蔵の毛)
   ↓ 具志堅の神アサギ
   ↓ 
具志堅のウタキ
   ↓ ウプガー(大川)  
(←タオルのじゅんびをしてくださいね)

 12:00 センターにもどって、発表!  おつかれさま!!



          お知らせ

  
9月のムラ・シマ講座は休みです。
 

 今年は豊年祭のあたり年で、今泊・仲尾次・崎山・謝名・湧川で開催されます。なお10月のムラ・シマ講座は本部町具志堅の予定です。企画展もやっていますので、お楽しみに!



■第4回 ムラ・シマ講座 2003年8月9日(土)(終了済み)
〔恩納村山田をゆく〕


 9:00 歴文の講堂に集合
   ↓   出席のかくにん
   ↓   ノートの説明
  9:30 恩納村(おんなそん)へ出発
    ↓
    ↓ メーガー
   ↓ いかり石
   ↓ 神アサギのあと
   ↓ 
すくみち
   ↓ 倉波(くらは)のカーのあと
   ↓ 恩納村立博物館(おんなそんりつはくぶつかん)
 12:30 はくぶつかん前の広場でおべんとう!!
       おたのしみ、はっぴょうタイム!
  
    おつかれさま〜    なきじんへ帰ります!!



■第3回 ムラ・シマ講座
 2003年7月12日(土)(終了済み)

〔今帰仁村勢理客をゆく〕

 
勢理客は今帰仁村の東側に位置する字(ムラ・シマ)の一つである。勢理客と書いてジッチャクと呼ぶ。勢理客は今帰仁村、浦添市、伊是名村、沖永良部知名町(瀬利覚)にある。宮城真治は『沖縄の地名考』で勢理客はジッチャクでシリサクで「後ろ谷間」に由来する地名ととらえている。

 勢理客を世に響かせたのは勢理客ノロが「せりかくのろの」や「しませんこのろ」などとオモロに歌われたこともあろう。オモロに謡われるほどの人物が出たムラということかもしれない。

 勢理客はムラ・シマを構成している御嶽(ウタキ)・神アサギ・集落の軸線を見ることのできる集落である。御嶽のイビに「奉寄進」と彫られた香炉が置かれている。同治?の年号と大城仁屋の名が記されている。

 これまで移動村落や集落のムラ・シマを見てきたが、今回は御嶽・神アサギ・集落の形態がはっきりしたムラを選んでみた。

 どんなことがわかるかな? 楽しみに!

 途中で画像が一杯になり、ヌルドゥンチやハーの画像は写真になります。写真はまだです。  

 

9:00 歴文の講堂に集合
   ↓   出席のかくにん
   ↓   ノートの説明
 9:30 勢理客(セリキャク)へ出発
   
    勢理客のウタキ
   ↓ 勢理客の神アサギ
   ↓ 勢理客ノロドゥンチ跡
   ↓ 
ウイヌハー(上の湧泉)
   ↓ ヒチャヌハー(下の湧泉)
   
↓ 
 12:00 歴史文化センターへ
      参加者の報告(ホウコク)
       一人ひとり発表してから、さようなら〜

12:20頃 終了です。ごくろうさま


..




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▲勢理客の御嶽(ウタキ)のイビ  ▲神アサギナーで(ワラビミチ)


▲勢理客ヌルドゥンチ跡にあるワラザン。右はカンザシ


   ▲勢理客のウイヌハー      ▲勢理客のシチャヌハー


■第2回 ムラ・シマ講座 2003年6月11日(土)(済み)

〔今帰仁村天底をゆく〕

 9:00 歴文の講堂に集合
   ↓   出席のかくにん
   ↓   ノートの説明
 9:30 天底(アメソコ)へ出発
   ↓ 天底の神アサギ調査
   ↓ ニーガミドゥンチ(根神殿内)
   ↓ 天底ヌンドゥルチの調査
   ↓ 
天底のウイヌウタキ(上の御嶽)
   ↓ アミスガーの調査
   ↓ ヒチャヌウタキ(下の御嶽)
 
   
 12:00 歴史文化センターへ
      参加者の報告(ホウコク)
       一人ひとり発表してから、さようなら〜

12:20頃 終了です。ごくろうさま


天底のあゆみ

1.天底(アメソコ)は方言でアミスやアミスクとよばれます。アミス
  クのアミ(天)は「高いところ」という意味で、スクは「グ
  スク」のスクに関係し、聖地(せいち・神聖な場所)の意味
  です。だからアミスクは「高いところにある神聖な場所」と
  いう意味のムラの名前です。

2.天底はもともと今の本部町伊豆味の近くにあったムラです
  が、1719年(今から284年前)に、ひっこしてきました。

   さいしょひっこしてきたときは、天底小学校の南がわの方
  に集落(しゅうらく・人のすむところ)をつくりました。そ
  れからまた少し動いて、今、人が住んでいるところが集落と
  なりました。
 
  一番さいしょにひっこしてきたところに、ウタキや神アサ
  ギや、ノロさんのおうちのあとなどが残っています。

3.1920年(今から83年前)に呉我山の字(あざ)ができたとき、
  天底から三謝原(みじゃばる)と古拝原(ふるうがみばる)
  と古呉我原(ふるぐがばる)を呉我山にあげました。

4.アミスガー(天底ガー)は天底の人たちが飲み水をくんだ、
  わき水の井戸です。今泊のエーガーのように、旧暦(きゅう
  れき )の5月5日のハーウガミのときにはムラの人たちが水
  の神様にかんしゃのウガンをします。

   またアミスガーには、天然記念物(てんねんきねんぶつ )
  のシマチスジノリがいます。

5.天底では大きな神行事(神さまにウートートする日)に、旧
  暦4月の亥(ゐ)の日におこなう「タキヌウガン」と旧暦6月
  26日の「サージャーウェーヌ」があります。

   戦前は天底ノロは馬にのって伊豆味までまわったそうです。
  そのころ、天底ノロは、伊豆味・嘉津宇、そして天底の神行
  事をたんとうしていました。(今は天底だけです)。

.
    ▲天底のタキヌウガンの様子(神アサギとヌンドゥンチ)


■第1回 ムラ・シマ講座  2003年5月10日(土)(済み)

 9:00 歴文の講堂に集合
 9:20 開校式
10:00 親川(ウェーガーへ出発)
      ハンタ道
      ミームングスク
      トゥムヌハーニー火神の祠
      阿応理屋恵火神の祠
      今帰仁ノロ火神の祠
11:30 歴文講堂
        ひとりひとりの報告
12:00 ごくろうさま



■ハンタ道とそのしゅうへんのあゆみ

1.ハンタ道の「ハンタ(パンタ)」は
  「がけ」とか「急な坂」などの意味があります。ハンタ道が通っていると
  ころの地名を「ハンタバル」といい、「ハンタ道」は「ハンタバルを通って
  いる道」とか「がけのそばを通っている急な坂道」といういみでしょう。

2.今ではハンタ道を通る人は
  ほとんどいませんが、今帰仁グスクに人がすみ、そして今帰仁グスクの
  しゅうへんに今帰仁ムラや志慶真(しげま)ムラがあった頃(今から370
  年くらい前)、この道はグスクへ行く道としてまた生活道路として利用さ
  れていました。

3.大正13年(1924年、今から79年前)に、
  新しく道がつくられました。それが教会からのぼって慰霊塔のところ
  から左にまがる道です。昭和40年(1965年、今から38年前)ころに、
  慰霊塔からまがらずにまっすぐ今帰仁グスクにむかう、今の道ができ
  ました。

4.エーガーは湧き水の泉で、
  今泊の「命のみなもと」といわれるほど、大切にされているカーです。
  むかし、今帰仁グスクへ行くときはここで手足をあらい、のどをうるお
  してからハンタ道の急な坂をのぼっていきました。
  また、今から37〜8年前までは今泊でもお米をつくっていましたが、
  その田んぼに豊かな水をそそいでいたのが、このエーガーです。

5.ハンタ道の道ぞいには、
  グスクに人が住んでいたころ使われていた見はりのためのしせつ
  であるミームングスクがあります。
  また、ムラのために神さまにおいのりをする行事(神行事とか祭祀

   (さいし) 
といいます)を仕事としていた女の人のことを神人(かみん
  ちゅ)といいますが、神人のなかでも上のくらいの神人(ノロといい
  ます)をしていた女の人の家のあとがあります。



 小学生のノートから感想を紹介します。

 ■きょうはんたみちのいしがきをみてすごかったです。みいむんぐすくに
   いってすごかったです。(かねし小学校1年 いしの しんいちろう)

 ■ぼくはおうちが近いけど、ハンタ道を歩くのは、まだ2回目です。ハン
   タ道はゴロゴロ道であるきにくかったけどむかしの人は、そうゆうとこ
   ろをいつも歩いていたよなので、たいへんだっただろうなとおもいまし
   た。それともっともっとほかのことをくわしくしりたいです。(兼次小学校
   3年 金城 響)

 ■今日はここにきて、ほんとによかったと思います。親川(エーガー)の
   ことや、ハンタ道にいって、わからないことがわかってきました。親川
   では、どろがシャンプーがわりだという所で、おどろきました。また、む
   らしまこうざにきたいです。(しまぶくろ小学校3年 新垣 さくら)

 ■さいしょにエーガーという川でくぼみいしを見ました。くぼみいしというの
   はいしのせんめんきで石にあなをあけてつくってありました。その中に、
  ハイビスカスやおいものかわをぐちゃぐちゃにしてかみをあらっていたそ
  うです。かみさまとしゃべったり、きいたりできる女の人がいるのですご
  かったです。神人は女の人しかできないとわかりました。(今帰仁小学
  校4年 山城 百合子)

 ■今日、まずさいしょにエーガーの池に行きました。はじめてしったこと
  は、くぼみいしがあって、せんめんきがわりにして、それでかみをあら
  っていることです。あと、リンスのかわりにハイビスカスのぬるぬるー
  をつけていたそうです。昔の人はいろいろかんがえていてすごいです。
  ハンタ道をとおっているときに山モモがあっておいしかったです。(今帰
  仁小学校4年 玉城 桃)

 ■エーガーという川を見てせんめんきを見ました。中にねんどをいれて、
  かみをあらうということがわかりました。ハイビスカスをぐちゃぐちゃにし
  て、ぬるぬるしてきたらシャンプーがわり。はんた道は、石がいっぱい
  あってころんだりしました。でも、神のほこらはまだのこっていたので、
  すごいなと思いました。かみさまとおはなしできる人がいるとしってびっ
  くりしました。(今帰仁小学校4年 玉城 桜)

 ■今日、さいしょにエーガーにいって、くぼみ石があって、これはどうして
  あながあいているのだろうと思いました。ミームンぐすくのながめもよか
  ったし、石もたくさんあってすごかったです。次は、もっといろんなことを
  しらべたいです。(今帰仁小学校4年 山城 汐里)

 ■見物(ミームン)グスクはとってもながめがよかったです。(上本部小
  学校4年 本山 みのり)

 ■エーガーでくぼみ石を見てそこでかみをあらったりして、昔の人は、い
  ろんなくふうをしているなと思いました。(天底小学校4年 小那覇 
  理子)

 ■今日は、ハンタ道はさいしょは、がたがたな石だったけどあとからひら
  ぺったい石になっていました。なぜがたがたな石からひらぺったい石
  になったんだろうかふしぎにおもいました。あとひらぺったい石は、と
  てもつめたくてきもちよかったです。(兼次小学校4年 金城 かなえ)

 ■今日は、エーガーからハンタ道をとおってかんじたことは、エーガーは
  昔、女の人たちが、くぼみ石で赤土をシャンプーがわりにして髪をあら
  っていたことがすごかったです。わたしもやってみたいです。(兼次小
  学校5年 仲尾次 和)

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 ▲ 2003.5.13(火) 沖縄タイムス



 ▲ 2003.5.16(金) 琉球新報