今帰仁ミャークニー
               ―謡う・聴く―

            平成14年11月30日

           今帰仁ぬ一条 並松ぬ美らさ
               花染みぬ芭蕉着と 美童美らさ


 このたび、昨年に引き続いて「今帰仁ミャークニー −謡う・聴く−」を開催する運びとなりました。
 哀愁を帯びた今帰仁ミャークニーには数多くの歌詞があり、また現在でも歌詞され続けています。ミャークニーは今帰仁のムラ・シマ(字)の風景やシマンチュの気質などが、独特の節まわしで謡われます。その歌はまた、ムラごとに、また歌い手によっても異なるといわれます。
 今年も幕開けに「今泊サミー研究会」のみなさまによりますサミーでカリーをつけていただき、その後「民謡のこころを訪ねて」沖縄本島をはじめ、宮古・八重山・奄美まで調査を進めてこられた仲宗根幸市先生に「今帰仁ミャークニー」についてお話いただきます。今回試みとして、ミャークニーにあわせた琉球舞踊の披露も予定しています。
 今帰仁ミャークニーは今帰仁が生み、継承してきた伝統文化のひとつです。
 多くの方々の参加で、盛り上げ、さらに継承していきましょう。
         (開催に向けての一文)


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      ▲多くの方々がご来場。会場を盛り上げてくれたサミー

No    出 演 者 氏 名    謡ったミャークニーの歌詞
1 仲本 義朗(仲尾次)








2 我那覇 トシ子(仲宗根)

・だんじゅとゆまりる 仲宗根ぬ島や
   黄金森くさてィ 田ぶくめなち

・仲宗根ぬ東 水車立てて
  潮 ぬぬちゃがりば とりて立ちゅさ

・仲宗根ぬ嫁や ないぶしゃあしが  
   ちびきなぬ道ぬ あゆみぐりさ

・今帰仁ぬ芭蕉ぐゎ しらじらと着ちゅて
  出立ち ゅる無蔵が 姿美らさ

3 山城 淳二(今泊)

思事や数多あまた 山にあてぃん
  渡海ゆ隔みとてぃ  自由んならん

や鳴らわん  夜きてぇ呉るな
   まりぬ手枕ぬ  語れでむぬ

しさや一人  照る月に向んかてぃ
   ち明かす心くくる 誰が知ゆが

4 玉城 毅(今泊)

・今帰仁の城 霜実の九年母
    志慶真乙樽が ぬきゃい はきゃい

・今帰仁の城 登て眺見りば
    浦々の美らさ  伊平屋どまり

・城石垣の あん美らさあてど
    昔人々の 手なみ美らさ

・あてん喜ぶな うしなてん泣くな
   人の良し悪しや 後どしゆる

・六十かさねりば 百二十の御願
    またん百二十の  御願さびら

5 喜屋武 匡(崎 山)

・今帰仁のぐしくしむないの九年母
    志慶真乙樽がぬちゃいはちゃい

・今帰仁ぬちなぎ並松ぬ清らさ
    花染のバサーとみやらび清らさ

・花の今帰仁や山袖に栄てぃ
    城といまちょてぃかにん清らさ

・山と山ちなじ見晴らしんゆたさ
    昔山の名残り立ちゅさ

6 新城 堅一(玉 城)

遊ばていしちん 平日に遊ばりみ
   今日大主の 祝ぬ有てる

・宝玉産子 朝夜ちもくみて
   育てたる親の 思いかなて

・さらば立別ら ゆすみねうちに
   やがて明月ぬ 鳥ん鳴ら

・島の西東り 家庭ん立ち増て
   代々までん栄る 祝い残ち

・ソーリ川ぬ水や 岩かみて湧い 
  玉城美童ぬ 身持ち美さ

7 ミャークニーの舞い
  ・玉城勝美
   ・上間トシ子
   ・我那覇トシ子


・今帰仁ぬグシク しむないぬ九年母
   志慶真乙樽が ぬちゃいはちゃい

・今帰仁ぬちゅらさ 並松の美らさ
   花染のバサーとぅみやらび清らさ

・今帰仁に生まり 今帰仁に育ち
    今なてぃ知ゆる 親ぬ情け

・山と山ちなじ 見晴しんゆたさ
   昔北山ぬ 名残り立ちゅさ
8 喜納 清憲(古宇利)

・今帰仁城 登て古宇利ぬ島眺みりば 
   古宇利ぬ美童と 語いぶしゃぬ

・古宇利島から見ゆる 今帰仁城
   昔北山の名残り立ちゅさ

・上原に登てぃ 眺みやり見りば
   島浦や 美らさ伊平屋までん

・古宇利ぬ荒崎や 波立ちゅる美らさ
   干瀬打ちゅる 波の花ゆ咲かち

9 与那嶺 直樹(与那嶺)

・今帰仁ぬグシク しむないぬ九年母
  志慶真乙樽が ぬちゃいはちゃい

・山と山ちなじ 見晴しんゆたさ
  昔北山ぬ 名残り立ちゅさ

・今帰仁に生まり 今帰仁に育ち
   今になてぃ知ゆる 親ぬ情き

10 仲宗根 信夫(今 泊)

・東ばる行きば ふく豆ぬかばさ
  くびり下るぐちぬ 梯梧ぬ美らさ

・くびり浜潮や 水いちやてむどる
  我身や無蔵いちやて 今どむるる

・親泊くわでぃさや 枝持ちぬ美らさ
  親泊美童ぬ 身持ち美らさ

11 玉城 幸勝(崎 山)

・運天ぬ港 七海とちなじ
   豊なりすみり 島ぬ宝

・音にとゆまりる 並松ぬ清らさ
    黄金花咲かちむてぃ美らさ

・花ぬ今帰仁や 山辺に栄てぃ
  城とい間ちさてぃかにん美らさ

・今帰仁ぬ城 石垣ぬ名残り
   城石垣や 世界ぬ遺産


〔今帰仁ミャークニー〕 
  ミャークニーは地域によってミャークニー・ニャークニー・ナークニーなどと呼ばれている。今帰仁村ではミャークニーである。またミャークニーの前に今帰仁や本部などの村や町名を付けて今帰仁ミャークニー、本部ナャークニーなどと区別して呼んでいる。誰それさんのは「・・・ミャークニーだ」というように。

 今帰仁ミャークニーは大きく分けて今帰仁村の東と西に分けられる。大きく二分されるが今帰仁村中央部の玉城・謝名・越地(謝名・仲宗根からの分字)の節回し(唱法)はよく知られている。そして各村(字)毎に違いがあるようだ。最終的には個々一人ひとり持ち味まで聞き手は聞き取っている。歌い手の個性が歌に反映するということでしょう。

 各村(字)毎に異なるとういのは、字ごとに言葉が違うということと関係があるのかもしれない。そして近世から戦前まで同じ村内での婚姻がほとんどであった。そのこともミャークニーが字毎に違うということと無縁ではなかろう。

 仲宗根幸市氏の講演でミャークニーの発祥伝承は今帰仁村以外では聞かないということ。そうであればミャークニーが生まれた今帰仁の風土を歌の関わりで研究を深めることも必要であろう。

 ミャークニーは娯楽の少ない時代、モーアシビというモー(野原)で歌や三線、踊りをし、哀愁を帯びた歌声で歌い、踊り、それがミャークニーを今に伝える風土をなしていた。生活の中から歌詞が生まれ、苦しい生活を歌に乗せていくから、思い入れや情け深さが胸を打つのであろう。

〔サミー〕
 サミーは新築のヤースージ(お祝い)や子が生まれた時のクワァーナシスージなどお祝いの席で行われ、カリをつける。サミーはサンミン(計算)から呼び方のようだ。二人が出した指の数、それを加えた数を言い当て、当てた方が勝ち。その判断は審判がある。言い当てる様子は、まさにガーエーである。
 サミーを演じている後方ではジーフテー(地謡)がグシンフーを奏でる。その中で数を言い当てる掛け声や仕草が場を盛り上げ、サミー独特の面白さがある。
 物のない時代、勝って酒を飲む、飲みたいために真剣勝負であった。現在は負けた方が酒を飲み、時代が反映している。
 戦前・戦後を通じて今泊をはじめ、兼次・諸志・与那嶺、本部町の具志堅や備瀬、名護市の屋部などでも盛んに行われていた。
 サミーを行う習慣が消えつつあるが、今泊では絶やすまいと研究会をつくり継承に勤めている。昨年、今年と今帰仁ミャークニーの大会にカリをつけた。会場が盛り上がり喝采を浴びた。 

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   ▲『琉球新報』平成14年12月4日(水)朝刊記事