今帰仁城跡
国指定史跡
NKIJIN CASTEL SITE
@今帰仁村(ムラ)跡
 
17世紀初期まで今帰仁村(むら)があった場所。そこには阿応理屋恵(あおりやえ)ノロ火神の祠や今帰仁のノロ火神の祠などがある。
A平郎門(正門)
 
今帰仁城跡の正門(本門)のこと。現在の門は昭和37年に造られたもので、門の両側の覗き穴は、門番が見張りをする穴を模して造ったのであろう。石積みは古世紀石灰岩の自然石を利用した野面積みで、古城の風格がある。
B大隈(ウーシミ)
 
城内で一番広い郭で、城壁の修復や試し堀のの際、馬の骨や歯が多量に出土していることから馬の飼育や調教をした場所と見られている。中央部に抜け穴に利用されたと見られる洞窟があり、志慶真川の崖の中腹に抜け出る。
Cカーザフ
 「カー」は川や湧泉のこと。「サフ」は迫(サコ)で谷間を示す言葉である。かつて、ここは水が湧き出る小さな谷間だったのであろう。
D旧道
 正門から大庭(ウーミヤ)に至るかつての道筋である。七・五・三のまっすぐの階段は、昭和34年に新しく作られたもの。
E大庭(ウーミヤ)
 大庭は今帰仁城で行われる催物の会場になった場所と見られる。大庭を中心に北側を北殿、南側を南殿と呼んでいる。
F御内原(ウーチバル)
 今帰仁城に仕えた女官の生活の場と伝えられる。
G主郭(本丸跡)
 発掘調査で掘り出された翼廊のある基壇や築城の造成の様子が知れる版築工事をみることができる。また監守時代の建物の礎石や後世の北山今帰仁監守来歴碑記などがある。
H志慶真郭
 曲線を描いた石積みは、ほぼ原型をとどめている。発掘調査で武家屋敷跡が確認されている。志慶真門(裏門)の南側は近世紀初期まで志慶真村(むら)があった場所である。