金武間切のヌルドゥンチ(ノロ制度の終焉へ) トップへ

 ・恩納間切のヌルドゥンチ    ・久志間切のヌルドゥンチ    ・名護間切のヌルドゥンチ
 ・本部間切のヌルドゥンチ    ・今帰仁間切のヌルドゥンチ  ・羽地間切のヌルドゥンチ
 ・大宜味間切のヌルドゥンチ  ・国頭間切のヌルドゥンチ

 
 金武間切は1673年以前までは恩納間切と久志間切の一部まで含む間切であった。『琉球国由来記』(1713年)は分割以後の間切である。『琉球国由来記』に登場する金武間切の巫(ノロ)は、金武巫(ノロ)・伊芸巫・漢名巫・宜野座巫である。それぞれのノロが管轄する村(ムラ)は以下の通りである。
 ・伊芸ノロ・・・・・・伊芸村・屋嘉村
 ・金武ノロ・・・・・・金武村
 ・漢那ノロ・・・・・・漢名村・祖慶村
 ・宜野座ノロ・・・・宜野座村・(古知屋村)


・伊芸のろくもい


   ▲伊芸ヌルドゥンチの側にあるお宮            ▲新築された伊芸ヌルドゥンチ

・金武のろくもい
   社禄の給与額(明治43年) 200円(証券) 38円08銭(現金) 計238円08銭


      ▲金武ヌルドゥンチ              ▲ヌルドゥンチにある勾玉と水晶玉(写真)
 ・御嶽ニテノオモイ
 ・家ニテノオモイ
 ・テンカウヘノフシ以下旧節 
 ・アママスフシ
 ・フネコヂブシ
 ・タケスラブシ(タケチヨカ)
 ・イキガバザシブシ
 ・イナゴバシフシ
 ・チヤモトフシ
 ・イトマフシ

・漢那のろくもい


       ▲漢名ヌルドゥンチ              ▲ヌルドゥンチの近くにあるヌルガー
 ・五月祭ノオモイ
 ・同上
 ・六月祭のオモイ
 ・同上
 ・八月祭ウムイ

・宜野座のろくもい

 

       ▲宜野座ヌルドゥンチ跡             ▲ヌルドゥンチにある位牌