名護間切のヌルドゥンチ(ノロ制度の終焉)

 ・恩納間切のヌルドゥンチ    ・金武間切のヌルドゥンチ    ・久志間切のヌルドゥンチ
 ・本部間切のヌルドゥンチ    ・今帰仁間切のヌルドゥンチ  ・羽地間切のヌルドゥンチ
 ・大宜味間切のヌルドゥンチ  ・国頭間切のヌルドゥンチ


 名護間切は『琉球国由来記』(1713年)に登場するノロは名護巫(ノロ)と屋部巫と喜瀬巫である。名護グスクで行われる七月中の海神祭の時、名護グスクの神アシアゲ(アサギ)に名護間切内のノロが集まって祭祀を行う。各ノロが管轄する村(ムラ)は以下の通りである。
 ・名護ノロ・・・・名護村・宮里村・世富慶村・数久田村
 ・屋部ノロ・・・・屋部村・安和村・宇茂佐村・山饒波村
 ・喜瀬ノロ・・・・喜瀬村・幸喜村・許田村


・名護のろくもい

【名護ノロの遺物】(大正3年)
(県史編纂史料:真境名安興氏、県立図書館蔵)
 イ.曲玉
   図の如き曲玉は名護上の南城という御願所にありて名護十三ヶ字の氏神として
   年中のろこもい神主となりて此にある神屋に住居し祭典を挙ぐ。後にある旧七月
   後の亥日八月十日の二回の祭日にのろこもい、此を用い祭典を挙げ平日は箱入
   として秘蔵せり。曲玉は瑪瑙の如き鉱石なり。
      (図は略)
 ロ.鏡
   今より十八年前に神屋の上なる盆根(ブンスニ)嶽金の御嶽より探す。三個ありて何れ
   も青銅にて作られし天鏡地に準せたるものの如し。
    天(径五寸) 鏡(径四寸) 地(径五寸五分)
     天には小突の周に七字ありたり。
     今は磨滅して見えず。
   外に猶ほ径四寸程の皿形の物一個ありて、其の中に柳に川流の模様あるものあり。
       (図は略)
 ハ.うらんさん
   今より二十年前程まで、うらんさんと云う傘ありて、のろこもい旧七月後の亥の海神に
   用いたりしが今はなし。 

   社禄の給与額(明治43年) 200円(証券) 29円38銭(現金) 計229円38銭


      ▲名護ヌルドゥンチ跡               ▲ヌルドゥンチの近くに名護神社


※「名護ノロの旧宅」である(「琉球列島に於ける民家の構造と其の配位置」島袋源一郎『南島論叢』昭和11年発行)。
 ノロなど神職の家になると神の出入りする門(祭祀用の門)と家族が出入りする門とは区別。

・屋部のろくもい
   社禄の給与額(明治43年) 200円(証券) 40円84銭 (現金) 計240円84銭


      ▲屋部ヌルドゥンチ               ▲藪ヌルドゥンチの石垣の門

・喜瀬のろくもい
   社禄の給与額(明治43年) 300円(証券) 32円60銭(現金) 計332円60銭


      ▲喜瀬ヌルドゥンチ                ▲ヌルドゥンチにある拝所