国頭間切のヌルドゥンチ(ノロ制度の終焉)

 ・恩納間切のヌルドゥンチ    ・金武間切のヌルドゥンチ    ・久志間切のヌルドゥンチ
 ・名護間切のヌルドゥンチ    ・本部間切のヌルドゥンチ    ・今帰仁間切のヌルドゥンチ 
 ・羽地間切のヌルドゥンチ    ・大宜味間切のヌルドゥンチ 

ノロ関係情報は『のろ調査資料』(1960〜66年)中山盛茂・富村真演・宮城栄昌 参照。

【国頭間切】


・奥間のろくもい

 奥間ノロの管轄する村は奥間・桃原・鏡地・浜・比地・半地
 ノロは座安家の長女
 昭和七年のノロクモイ交代日記(昭和7年申旧八月
   奥間ノロ殿内
     記
   前ノロクモイ 座安マツ
  右昭和六年未旧十一月十八日 午前逝去 享保?八五才
    同日午後三時葬式営
   葬式前ノロ殿内神前ニ於テ五字ノ神人参列ニテ思イクェーナ
    

【交替報告】
 
・交替報告のため首里三段拝
 ・昭和七年申旧一月二四日出発翌二五日 三殿内
    拝人名 座安タケ 座安安太郎 座安盛安 座安時男
         座安ユカ 前下口 与那城山次郎
 ・拝領
  三殿内にて先ノロクモイ 御願解
    酒四合 花米一升五合 三ヶ所
    金三又百五十
 ・御立御願
   酒五合 花米一升五合 三ヶ所
   御重二重次者 餅二次(但し八寸重)
   卵十四個
   銀カンザシ三本
 ・御城拝
   沖縄神社 酒と花米
   御城入口左側の拝所に酒と花米
 ・玉御殿拝み
   御重餅者一組と御酒 里香紙
 ・右諸雑費
   金五十三円八十五銭也
   旧一月二十七日帰省
   旧一月二十八日の拝
   奥間諸御願所と比地御願所 赤丸崎拝み午後三時のん殿内に於て五人字神人各字当投有志多数参集にて御祝す

 
・同日雑費
   金十五円八十一銭五厘 但し御願雑費酒肴代 以上
   合計 金六十九円六十六銭五厘也  但し五人字一戸金九銭宛


・黄金のカンザシ
・水晶玉・ガラス玉
(以下文書続く)

 ・奥間のろくもい
 ・アシヤゲノマヘニテノオモイ
 ・辺土名村のろくもい
 ・家ヅクリノ祝儀ノトキノオモイ

・辺土名のろくもい
   社禄の給与額(明治43年) 50円(証券) 15円04銭(現金) 計65円04銭

 ノロドゥンチのある場所は上島で近くにカーがあり、そこも拝まれる。カーの側の家が川端(ハーバタ)で旧家の一つであろう。ノロドゥンチの位牌(裏に乃ルクムイとある)に、以下のようにある。
  ・道光十一年辛卯正月十六日卒死
  ・同治元年壬戌九月九日死亡
  ・光緒六年庚辰七月二十四日帰真

 辺土名ノロの管轄する村は辺土名・宇良・伊地の三ヵ村である。
 ノロ田 七ハチ1260坪 






 ・七月ヲイメノ時アシヤゲヲテノオモイ
 ・家ツクリノ祝儀ノ時ノオモイ
 

・与那のろくもい

 与那ノロの管轄は与那・佐手・辺野喜・宇嘉の五か村である。ノロ墓は佐手の浜前の島にあり。
  ・花岳妙清禅定阿尼 乾隆35(1770)3.6死亡63 のろくもい
  ・古岳永松禅定尼 乾隆59(1782)9.26 死亡
  ・夏岳宗天禅定尼 乾隆59(1794)5.15 死亡
  ・唯妙心信女 道光15(1835)12.20 死亡
  ・のろくもい 同治11(1872) 明治12.20 死亡

・頸玉 2個(一個はメノウ製 勾玉一個と水晶玉(ガラス)59個、一個は水晶玉131個)
・金カンザシ一個 
・神衣装の一部
・駕籠は破損
・ノロ墓は佐手あり。今ではノロも門中墓に合葬



 ・ヲイメノ時ノオモイ
 ・スナオリ(舟下シ)ノ時ノオモイ

・辺戸のろくもい

 



・奥のろくもい
 ・マハハ御嶽ニテノオモイ
 ・オンギヤミノオモイ
 ・家ツクリノトキノオモイ
 ・シノゴノオモイ三節 シド神ノオモイ


・安波のろくもい

・管轄村(安波・安田)
・戦前ノロに一町歩の田地、その中から300坪を当時(現)ノロへ。

 安波ののんどんち黄金燈籠さげて おれが明がれば弥勒御迎へ(国頭郡志 215頁)

   社禄の給与額(明治43年) 50円(証券) 45円60銭(現金) 計95円60銭



 ・御位ノトキノオモイ 女クワイナガミノ
 ・御位ノトキノオモイ 男クワイナガミノ
 ・シノゴノトキノオモイ女  
 ・シノゴノトキノオモイ男
 ・家ヅクリタテノ御祝儀ノオモイ女
 ・家ヅクリタテノ御祝儀ノオモイ男