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2013123日(旧111日)新月。気温:2113℃ 天気:☀ (歴文:Tama

 3月の調査記録をやっとこさ、まとめる余裕が出来はじめたので、簡単ではあるがここに記す。2013年3月某日、石川字山城を踏査。

 ヤマグシクと呼ばれている山城村は前殿内・安平・下庫理屋の三兄弟(この門中を総称して三元〔ミームートゥ〕とも呼ばれるが伊波から分家して始まった村とされる。その後、四門中が加わり、七チネーとなったと伝わる。この人々がシマ建てした地はウガミ(クガニムイ)と呼ばれ、いくつかの拝所が存在している。祭祀は伊波ノロの管轄。

【東御宮(あがりおみや)】

 まず訪ねたのは、住宅地の中にあるお宮。ここにはビジュルが祀られており、このビジュルは楚南ウッカーから拾ってきた石で、これを祀って以来山城が発展したといわれ部落の守護神として崇めているという。また戦中には出征兵士もここを参拝したという。

 

【ウガミ】

 イリウガミ、アガリウガミ、神アシャギ、火ヌ神(殿内屋)がある一帯を指す。かつての山城の祖先の移住跡であることから、地元の人は畏れ、崇め、心の支えとし「クガニムイ」と呼ぶ。古い文献には「イシノ御イベ」が祀られる「オシアゲ嶽」とも残されている。

  

【火ヌ神(殿内屋)】

 ウカミ道(ウガミにつながる道)の途中にあり、祠の中には三つの平たい石が三角型に置かれている。昔から部落の守神とされ、ウマチーの時には伊波ノロがここを訪れたと

される。地元の人は、「殿内屋(トゥンチヤー)」とも呼ぶ。

  

【神アシャギ】

 コンクリートで造られた柱と屋根だけの簡素な建物で、祭祀の儀式を行う場所である。かつては「神サギ」と呼び茅葺屋根であったという。中には南方向に向いた香炉が置かれており、首里城への遥拝場所と言われている。

  

【イリウガミ・アガリウガミ】

 イリウガミは、今帰仁グスクへの遥拝所とされる。北山との関わりがあるのだろうか・・・

 アガリウガミは、安平門中のクサチリー(使用人)が、罪を着せられて自殺した場所とされる。彼の自殺後、村が衰えていったので村全体で供養するようになったという。約二十年前までは、カンカー(祭祀行事)には牛を殺してその人へのお供え物としていた。

  

【ウブガー】

 古くから、旧正月の若水・子供の産湯・病気や葬儀の際の病魔払い水等の聖泉として、また飲料水にも使用された。その事からウブガー(産湯)と呼ばれるが、大きな泉という意味もあるという。屋根上部にある石碑には「源・遠・流・長」という碑文が刻まれており、「源遠ければ流れ長し」と読んで水の尽きないこと、また歴史の長久なさまを意味するという。

  

【イショーアレーガー】

 かつて神衣装など神聖な着物を洗う泉であったことからそう呼ばれる。かつてウメーイ(神人)が五月ウマチーに合わせて年に一回、神衣装を洗った場所とされる。

 残念ながら、現在では水をたたえる様子を見ることはできない。

 今回まわったのはほんの一部でしかなく、ひとつのムラシマで沢山の魅力がつまっていることが改めて感じられる。今帰仁グスクへの遥拝や神アシャギの姿はヤンバルとの繋がりを感じさせ、ヤンバル人にはさらに惹きつけられる。

また、石川は市町村合併により“変化”を遂げていることが、今後のムラシマの歴史にどんな影響がもたらされることだろうか・・・

【石川字山城“にゃ~”ショット】

 今回のムラシマ歩きで出会った可愛いにゃ~たちを紹介♪

  

◆参考文献:『石川市の文化財ガイド』


2013年11月22日(旧10月20日)天気:☀ 気温:20/17℃ (Tama)

                                     ※この記事は2013年9月に記入。

 ライカム交差点付近に大型ショッピングモールが建つようだ。たまたまその予定地横を車で通りかかった。すると、その脇にこんもりとした拝所があることに気が付き、それから気になってしょうがない・・・ということで、後日改めてその場所を訪れた。今写真におさめなくては、完全に景色は変わりショッピングモールの影になってしまうのではと焦った・・・。変わりゆく様を記録することも大事だと思ったからである。

ここは北中城村比嘉区。戦後、部落の面積のほとんどを米軍用地(アワセゴルフ場)として接収された。アワセゴルフ場はキャンプ瑞慶覧内にあった在日米軍専用のゴルフ場で平成8年に日米合同委員会で返還合意され、平成22年に返還。そして平成25年秋に県内最大規模のショッピングセンターとなる予定とされている。

 第二次世界大戦後、比嘉の住民はその居住地をまず島袋の難民収容所、次に金武村福山(現宜野座村)、最後に越来村字諸見里(現沖縄市)の久保田原一帯と移動させられた。その間、部落のほとんどを米軍用地として接収された。また、ゴルフ場の建設に伴い、比嘉の聖地のトゥヌヤマは、比嘉の殿、カニマン御嶽のあるわずかな面積を残し、そのほとんどがゴルフ場の駐車場に変わってしまった・・・という。

 聖地であるトゥヌヤマはじめとする拝所こそ、今回の撮影場所である。

 ここは村落の背後、島袋との境に小高く盛り上がった杜があり、その中に村人の守り神として、比嘉の殿とカニマン御嶽の二つの拝所があったとされる。その聖域には松や赤木、ガジマル、アコウなどの大木がそびえたち昼間でもうす暗いほどで、普段は足を踏みいれる者はなかったという。

 トゥヌヤマは「殿山」の意味で、戦後はゴルフ場駐車場の片隅に祭場が設けられ、拝所は一ヵ所にまとめられた。それらは「1952年建立」と祠に刻まれていた。このように、戦後の米軍用地接収のために、多くの祭場が破壊されたり、あるいは移動を余儀なくされ、伝統的な形での祭場はみられない。

比嘉区の祭祀の管轄は島袋ノロが担当していたようだ。根人は比嘉区から出ており、比嘉は男神、島袋は女神という由来がある。トゥヌヤマ内にはカニマン御嶽、ニッチガミ、ヒジャヌトゥンなどいくつかの拝所が存在していた。

この集落もその住民等も戦争によって翻弄されたのである。そして集落の守り神達も・・・。

  
      ▲重機と鎮守の杜                   ▲わずかに残る神々の杜

  
    ▲いくつかの拝所がみられる。 

参考文献:『北中城村史 第二巻 民俗編』 

◆ネコォ~
  
    ▲生きています!!             ▲ツーショット


2013年11月14日(水)

 今さらながら職場体験の様子と生徒たちの感想です!お待たせしてスミマセンでした・・・m(__)m・・・2013年9月9日~12日の4日間の日程で3人の生徒がやってきました。

 3人とも調査メモや図などもしっかり記録していたのですが、今回は感想のみをのせておきます!4日間、お疲れ様です!また、センターに遊びにきてください!

(以下、3人の感想です)

【星哉(せいや)】

1日目:感想

 僕は最初に思ったことは同じ歴史文化センターの人でも場所ややる仕事がたくさんあったのですごいと思いました。実際に発掘された物や防空壕に入ったりして、初めてみた物や頭がい骨などをみたりして、ちょっとびっくりしたので汗がでました。

 今日はいろいろな所をまわったりして、今帰仁のわからないことが少しわかった気がしました。

 茅を束ねる仕事をしてとても疲れるけど、がんばる人達がいたのでその人たちに負けないくらいがんばれたので良かったです。

2日目:感想

 今日は午前中はブロック掃除をして、みんなで楽しく掃除することができました。

 次に玉城に行って、最初に玉城の神アサギと拝所にいきました。玉城神アサギは、昭和6年に建てられたときいてびっくりしました。昭和6年に建てられたのにとても丈夫でした。神アサギに入れるのは決まってないと思ったけど、神人の女の人だけときいてびっくりしました。

 次に岸本のうたきに行き、神アサギの柱が6本あって、柱が多いほど勢いがあるときいて、小さい村だけど勢いがあるときいてすごいと思いました。

 最期に寒水とワータンジャーに行きました。寒水アサギは人があんまりいないので、汚かったです。僕の家は寒水の村だった場所と初めてしりました。今日の職場体験で玉城のことがたくさん知れてよかったです。

 午後は屋我地のオランダ墓と言う所に行って、名前はオランダ墓だけど、墓の中に入っている人はフランス人ときいてびっくりしました。 

 次に湧川にいき、湧川は1738年に創設されたムラと聞いて普通のムラよりできるのがおそいと思いました。

 今日で玉城や湧川や屋我地のことを知ることができてよかったです。 


【美夢(みう)】

1日目:感想

 今日は職場体験学習の1日目でした。最初は不安な事もありましたが、今日1日、ちゃんと職場体験をすることができました。

 午前中はお墓や壕など色々なところを見学して、その場所の歴史や名前の由来などの説明を聞くことができました。昔の人のお墓について始めてわかった事などもあったのでよかったです。

 午後も掃除やキップ切りなどの仕事を通してこの職場について色々と知ることができました。明日もがんばりたいと思います。

2日目:感想

 今日は職場体験学習の2日目でした。午前中は昨日の掃除の続きや古地図を出したり、戦争について色々と学びました。古地図を出すのは思ったよりも大変でした。戦争については今帰仁村と戦争ということで、米軍が沖縄に上陸してきた時の話しや、上陸したあとの沖縄のようすなどを学習することができました。

 午後は今帰仁城址へ行って、ガイドさんに色々説明を受けました。城の壁の石などの積み方やその場所それぞれの話しを聞いて前よりも今帰仁城址について色々と知ることができました。明日は自分達の住んでいる字について色々学べるといいです。

3日目:感想

 今日は職場体験学習3日目でした。午前中は掃除の続きや崎本部へ行ってムラ・シマ講座の下見へ行きました。そこで最初はよくわからなかったけれど、うたきや神様に関する様々な場所を見学することができました。そして、色々説明をしてもらったので少しはわかるようになれたのでうれしいです。

 また、午後からは与那嶺と平敷などの自分達が住んでいる字へ行って、昔の川やアサギについて知ることができました。私は自分の字だけど知らない所などもあったのでもっと調べることができたらいいです。

4日目:感想

 今日は職場体験学習4日目でした。午前中は掃除の続きをして、玉城に行きました。そこで、玉城は玉城と岸本・寒水の3つの村が合併してできた字だということを知りました。そしてそれぞれの村の神アサギやうたき、ソーリガーという川を見学しました。うたきが3つあるのは神様が3つの村に1人づついて、3人の神様がいることを知りました。そこで思った事は現在、今帰仁村には19の字があるけれど、神様はそれ以上いるんだなと思いました。

 午後は屋我地と湧川へ行きました。そこで屋我地はオランダ墓やガンヤーへ行き、オランダ墓はオランダ人じゃなくてフランス人の墓と知っておもしろいと思いました。湧川では慰霊塔やうたきをみました。そして湧川はわりと新しくできた字だと知り、おどろきました。今日はめったにいかない字を見学できてよかったと思いました。


【涼也(りょうや)】

1日目:感想

 僕は最初職場まわりをして1つの職場にもいろんな仕事があるんだなあと思いました。実際に発掘された場所や日本軍が使っていた壕や監守の一族のお墓などをみて最初に説明をうけた時よりも、今帰仁の歴史がとても身近に感じました。また、ソーレで消防の訓練もみてすごいと思いました。

 午後は掃除をして普段しないブロックの掃除などもしていい体験にもなりました。もぎりの小屋の茅を束ねることも体験して大変だったけれど達成感がありました。今日は今帰仁の歴史がたくさん知れてよかったです。

2日目:感想

 今日は朝きてすぐに床のブロックつめの続きをして、それから貴重な地図の展示をして、破れないかすごいドキドキしました。また企画展の見学、学習をした時は沖縄戦の上陸前と上陸後の事がそれぞれ知れてよかったです。

 午後からは、今帰仁城址に直接いってガイドさんの話しを聞いてなぜこの場所に城址があるのか、意外と最近発掘されたことなど新しく知ることがたくさんあって勉強になりました。最期には床のブロックづめを終わらすことができてよかったです。

 戦争の展示をみて、今まで知っていた知識以上に知ることがたくさんあって戦争に対する考えや感じ方が変って戦争の悲惨さを伝えようという思いがとても強くなりました。いつまでたっても戦争は絶対にやってはいけないことだと思いました。

3日目:感想

 今日は床ブロックの掃除をしてから崎本部にムラシマ講座の下見をしにいき、午後は与那嶺、平敷の昔人が住みはじめた場所や神アサギの場所にいき勉強しました。

 ムラシマ講座の下見では神に関わるイビやイビヌメー、アサギンクヮー、うたき、ニガミヤーなどをたくさんまわって昔の人は神様のことをとても大事にしていたんだなと思いました。また、一番印象に残った所は金城忠吉の一族の建物でした。なぜこんなに大きくすごい建物をたてれたのかなどもしれて楽しかったです。

 午後にいった与那嶺のアサギではなぜ屋根が低くなっているのか、なぜ壁がないのかなども理由もちゃんと知れたし、神様が座る場所に座って神様にもなれたので面白かったです。平敷のうたきでは、イビもアサギも神人の住む家も一緒になっていてすごくめずらしい場所ということも初めて知ったし、神木の下にある香炉に自分の先祖かもしれない人の名前が書いてあるというのを聞いてびっくりしました。今日は自分の地域の事がたくさんしれてよかったです。

4日目:感想

 今日の午前中は玉城のアサギをみにいきました。今日わかったことは玉城には、玉城・岸本・寒水の3つの村がもともとあってそれぞれの村にうたきがあって神人がいたことです。アサギの柱の数も必ず4本ではないということも初めてしりました。また、玉城の元公民館では戦時中に長が集められて米兵に「これからあなた達でこの村をつくっていきなさい」といわれて長が集まった場所だけど日本軍に見つかって虐殺されたということも初めて知りました。午前中は玉城が3つの村にわかれていたというところが一番印象に残りました。

 午後は屋我地のオランダ墓に行って湧川の神アサギにいきました。オランダ墓は昔琉球の人が外国人の事をみんなオランダ人とよんでいたので入っているのはフランス人だけど名前はオランダ墓ということを初めてしりました。

 今は湧川の神アサギの前には豊年祭の舞台はないけど、昔の舞台が今の人口にあわなくなったから作り変えたということも初めてしりました。

  
 ▲最初の顔合わせ!あれ?2人?    ▲ドキドキの事務所でのあいさつ

  
  ▲どんな仕事をしているかな?      ▲まずは今帰仁の歴史を感じます。

  
  ▲先生もチェックにきました!       ▲数時間後にはミニ城址が完成?

  
  ▲衝撃な出会いもしました!        ▲神アサギ内で視点をかえて・・・


2013年2月14日(旧1月5日)天気:☀/☁ 気温:22/14(歴文センター:tama)

【2013年2月9日(旧12月29日)】

 2月9日は年の夜でしたね。この日、いつもの通りセンター後ろのゴミステーションへゴミ出しに行き、ふと見上げた先の桜の木の枝に、ズアカアオバトがとまっていたのですが、初めて見たわけでもないのに妙に感動してしまいました・・・慌ててカメラをとりに戻るとまだ居てくれました!しばらく観察をしていると、まだ青いさくらんぼを食べていました♪

  

 面白いことにこの日、外国のお客様が日本語で「緑色のハトの名前は?」と尋ねてきました。私がみたのと同じハトでしょうか?(笑)

 ところで・・・どうして、どう見ても緑色なのに「青鳩(アオバト)」なんだろうか?と、疑問に感じて見たり・・・。アオヘビとかも同様・・・。

ちょっと調べてみると、昔の日本には“緑”という言葉が存在していなかったという・・・それから発展し、今では日本の色彩感覚は世界に誇れるもののひとつですし、色の名前も自然からきたものが多いですよね!それはつまり、日本の自然が豊かな証拠でしょうね!

 と、アオバトから日本の色彩にまで感動した日でした・・・。

 桜のコト・・・・・城跡内の桜より、周辺の桜の咲きが良いようで、落ちた花をひろい水に浮かべて遊んでみたり。葉桜もなかなか絵になりますね。

  


【2013年2月10日(旧1月1日)】

 新暦2月10日は旧正月でしたね。新たな年を迎えましたね!ちゃんと正月びーさーもきましたね!

 tama家では恒例の水御願を予定していたのですが、雨模様のために今年は断念し、家で肝シンジーをいただきました。今年も良い年になることを願います! 


【2013年2月11日(旧1月2日)】

2月11日は「景観むらづくりシンポジウム 今帰仁村の歴史・文化が織りなす景観~そして、後世へ~」と題したシンポジウムに講師の一人として館長が参加し、司会進行は丑之介氏が担当しました!私は写真係りです!

館長をはじめ、同じく講師として参加された琉大の仲間氏の興味深いお話しが聞くことができ、とても良かったです!

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【2013年2月13日(旧1月4日)】

 2月13日は館長のお誕生日です♪この日は急きょ、宜野座までお出かけです!

 図書館見学と、近くの大川グスクまで踏査です。まず、図書館を見学させていただいたのですが、すごく落ち着く空間づくりがされており、何だか作りがおしゃれでした♪

 イベント関連の小さなスペース作りや机上に見られる気配り、注意書き等のパネルもわかりやすく可愛く、地域の情報もうまく取り込んでいました!何よりキッズコーナーが気に入ってしまいました!

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(おまけ①)・・・図書館へ向かう時、でっかいネコさんと遭遇!マンホールは、獅子と京太郎ですかね!そして図書館すぐ横に、ノロ墓をみる事ができました!

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 宜野座図書館の見学をさせていただいた後は、大川グスクを踏査。立派なドームにて阪神のキャンプが行われていました!大川グスクには、ヌルドゥンチ、大川按司墓、根屋跡、獅子安置小屋、神アシャギなどが残されています。大川グスクからほど近い場所に2つのカーの確認!

  

  

  

(おまけ②)・・・カゴに入った“四角いネコ”。「顔は撮らないで(恥)」byみー。


2013年1月29日(旧12月18日)天気:☀/☂ 気温:19/10 (歴文センター:tama)

 とある日の夕刻。閉館時間近くになり、職員等も修業時間で居なくなった事務所内で何やらカサカサと音がする・・・何んだろう?と音のする方にいってみると・・・みーちゃんがぁーーー!!とある職員の机の下で寝ていました(笑)

  

 さくら祭りが始まり、いつも以上に賑う今帰仁城跡です。さて、イベントとして無料でぶくぶく茶がふるまわれました。

 何と歴史をひも解くと・・・今帰仁城跡の麓にある親川の水を汲んでお茶をたてたとの記録もあるようです。今まで写真などで目にはしたことがあるものの飲んだことがなかったのですが、気軽にこのように触れることで、凄く身近でルーツなどにも興味が湧いてきました!

 茶菓子の下に敷かれた白い紙。鳥のような形をしていますが、こちらにも意味や思いが込められているとのこと。それは、沖縄での古くから伝わる“をなり神”を表現しているとのことでした!

  

  

 1月26日は文化財防火デーということで、こちら今帰仁城跡でも防火訓練をさせていただきました!赤い働く車に、オレンジの働くお兄さん達に、放水は迫力ありますねぇ~!

 城跡は石積みなので、あまり火災の被害よりも、地震で石積みのくずれの危険やその他怪我などが何よりの心配なところなのでその訓練などを今後協力して実施できればとのお話しもありました!!

 城跡での訓練後は、センターにて消火器の使用方法の訓練を行いました!なかなか普段触ることがないのでこれを機に、いざという時の対処法を学びます!

  
 

 ある用でたずねた村内のとあるお宅。何気なく庭木の話しから、この家も「米兵により塀が壊されたりしたのよ」何て話しになり・・・一番大きな木があったので話しを伺おうとふると、「この木にね英語が刻まれているのよ!米兵が彫ったものよ!」と見せていただいた。大木に刻まれた歴史を個人宅で見ることができた。貴重な情報ありがたいです!!

  

 さて、調査のためまた別のお宅を訪ねるとよく吠える子が・・・しかししばらくするとシッポを振るではありませんか!徐々に距離をつめてお友達になることに成功!丑之介氏と勝手に“シロ”と命名(笑)姿がなかなか凛々しいやつです♪青い屋根のお家がいいよねぇ~♪また、このお宅には立派なチンジャー井戸がありました!全く別目的でしたが、イイものを拝見できました!

  

 「タカヤマグスク」(読谷村)を散策。長浜ダムを見下ろすことができる。調べてみると、詳細はわかっていないようだが、国頭方面より移動させられた按司の墓だとか・・・門中での御願がされているようだ。草で全容がイマイチつかめず・・・とくかく草がすごいので、御願の時期など狙って草が刈られたたらまた行こうかと・・・。

 

 今帰仁城の桜です。城壁と桜!

  


2013年1月22日(旧12月11日)天気:☁/☂ 気温:21/16(歴文センター:tama)

 先日、やんばるを離れて、あまくま散策した様子を画像で紹介します!

【台グスク(デーグスク)】(中城村)

 中城村にあり、標高170mの高台に位置する。頂上からは勝連半島や南城市などが一望できる。また、すぐ近くには中城城跡や成田山が確認できる。

 この地は『中城村の文化財』によると・・・護佐丸が座喜味グスクから中城に移った時、一時的に居住した場所や、先中城按司の居城だったなどの伝承が残っているとのこと。台グスクはその周辺を含めて遺跡となっており、発掘調査による出土品からは中城グスクより古い時代の遺跡だと考えられるとのこと。

 残念ながらやはりここも、戦後米軍による地形の改変があり、石積み等のグスクとしての痕跡はなにも残っていないようだ。

 頂上には何やら香炉らしきものがあり、線香もあったので、拝所としての役目は活きているようだ。ちょっと、シイナグスクと似ていますねぇ~。しかし素晴らしい眺めでした!

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【護佐丸の墓】(中城村)

 さて、上記の台グスクを山全体を撮りたくて、移動をすると偶然に発見しました(笑)

 台グスクの斜面に位置しています。『中城村の文化財』によると・・・沖縄で一番古い亀甲墓といわれている。とのことです。

 立派な拝領墓だが、何よりお墓の前の長い階段に若干ビビってしまったり(;一_一)

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【ペリーの旗立岩】(中城村)

 標高160m程の高台にある岩である。『中城村の文化財』によると・・・ペリー提督率いる黒船艦隊が日本へ開国を求める航海の途中で那覇に寄港し、沖縄本島の周辺や内陸部を調査、その際、通称ハンタ道の途中で奇妙な形の大岩を見つけ、その岩の頂上に旗を立て、麓で岩山征服を記念し祝砲を打ち鳴らした。そしてこの岩にバナーロック(旗岩)と名付けた。

 小さな展望台があったので、上がって撮影しようとしたら・・・岩と電柱がジャスト!!

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【新垣グスク】(中城村)

 ペリーの旗立岩のすぐ近くに位置。『中城村の文化財』によると・・・地元ではウタキと呼ばれる。石積みはほとんどなく、所々に石垣の根石が残っている。御嶽や祭祀場、古井戸などが今でも残り、新垣集落の発祥の地とされている。発掘調査を行った結果、中国製青磁や染付などが出土している。

 奥へと続く踏み跡を見つけたものの、草だらけなので今回は断念・・・また日を改めて撮影しに訪れることにしました。

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【ウフンミウタキ】(西原町)

サンエー西原シティーからほど近いところにあるのがこのウタキ。国道沿いにあるため、学生時代からずっと気になっていた・・・。詳しい事を調べてみようと思ったが、手元に詳細が記載された資料が見当たらなかったので、町役場のホームページを参考にさせていただく。

 「『琉球国由来記』(1713年編集)に記載されている大嶽(神名、真南風ノアナ真コチアナ真シラゴノ御イベ)に相当するものと思われる。いまではウフンミウタキや内間集落の前にあることから、メーヌウタキと呼ばれている。」

 とても興味深いのはここからで・・・「かつて、そこは神女の就任式が行われた御嶽で、そこで神女に神の名が授けられるということで、ウナージキヌウタキとも呼ばれた。」とのことである。とても名高い場所であることがうかがい知ることができる。

 イベには珊瑚石が使用されているのが確認でき、崩れそうになったのをセメンで補強されていたが、それをも崩れそうになっていた・・・。

 そして「天地」と書かれた石碑が・・・エーガーでも同じものを見たような・・・(;一_一)

 西原町のマンホールは、ブーゲンビリアとサガリバナが描かれていました。確か、内間御殿の所にサガリバナがありましたね!そして、交通安全の鮮やかなカメさんを発見!可愛いですね!

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【黄金森(クガニムイ)】(南風原町)

 南風原文化センターの後ろにある御嶽。黄金森を散策してみました!いくつかの拝所を発見できました!

 こちらの詳細を知りたく、資料を探してみたのですが・・・御嶽というよりも陸軍壕があるため戦争遺跡という視点の資料の方が多いようですね。

 運動公園とつながっているため、ランニングしている方々とよくすれ違いました。さすが南風原!マンホールのデザインは“かすりの里”がアピールされておりました!!

 拝所には丸い石のビジュルのようなものがあったり、刻銘がよめる香炉もみることができました!

  

  

  

  


2013年1月10日(旧11月29日)天気:☁ 気温:16/14 (歴文センター:tama)

 あけましておめでとうございます。
 今年も今帰仁村、今帰仁城跡、今帰仁村歴史文化センター、職員並びにみーちゃん共々、よろしくお願いします。

 まず、去年になってしまいましたが、調査画像などをまとめてご紹介します。
 2012年12月、館長のページにも紹介されていましたが、村内に残る鉄工所(鍛冶屋)2ヶ所を訪ねました。

 鉄工所がある字仲宗根は村役場をはじめ、郵便局など立ち並び今帰仁の中心地とされています。今以上に商店や宿、かつては映画館があり街の賑いをみせていました。そのメインストリートであった道は現在拡張工事のため、毎日少しずつ変化をしています。“あたり前”の光景が変化してはじめて大切なものだと気づいては悲しいもの・・・今のうちにできるだけ写真におさめておかなくては・・・という思いでたくさんシャッターを切りました。それは何のためなのか・・・そういう事をも考えてみたり。

 tamaとしては「角のたばこ屋」が好きだったんですが、気が付くと移転していました。そう言えば、何かで誰かが言っていたような・・・「最近は“街角”などの“角”が無くなってきている」と・・・時代でしょうか。街角や路地裏、スージグヮーなどが消えていくのでしょうか。

 

 

 調査へ行くと“鉄工所にゃ~”がいっぱいいました!そんな中でも人なつっこい黒っぽいにゃ~は鼻たれてました(笑)鼻をつけられないように撫でるのも大変ねぇ~(笑)

 それからもうひとつの鉄工所近くには、味のある顔したにゃ~を発見!!
 路地裏が無くなると、そこに暮らすネコ達はどこへ?

 先日飛び込んできた悲しいニュース。写真家の東松照明氏死去のニュースである。かつての沖縄を知り、変わりゆく沖縄を克明に記録し続けてきた方がまたひとりこの世を去られてしまったことは大きな哀しみである。この場をかりてご冥福をお祈りいたします。

 さて移りゆく沖縄、東松氏が見てきたであろう“かつての姿”の手がかりというものは、目をこらしてみると自分のすぐ足元や見慣れた風景、街の中にもあるものだと気が付くとワクワクしてくる!!

 今回そのワクワクを与えてくれたのは、那覇市若狭にある若狭海浜公園内で発見した「雪の崎跡(ユーチヌサチアト)」である。詳細は現地にあった説明板から抜粋させていただく・・・

 「那覇市の北西部にあった岬の名称。「雪の崎」は若狭町の中央北側に広がっていた「上の毛」と呼ばれる高さ20m程の岩礁台地の突端。その下部が波の浸食により削られ、方言で「ユーチ」と呼ばれる斧の形に似ていることから「ユーチヌサチ」と呼ばれ、「ユーチ」の音から「雪」の字が充てられた。「上の毛」は古くから拝所として利用され、崖下には大きな洞窟があったという。

 沖縄戦後も「上の毛」はその姿をとどめていたが、1951年3月に米軍の立入禁止区域から開放されたことによる区画整備事業の実施や埋立により削り取られたりした。1959年9月、残っていた「雪の崎」側の岩礁は、ダイナマイト爆破により取り除かれ、「上の毛」跡地には若狭小学校(1957年開校)が新設され、周辺に住宅地・公園用地が整備された。現在、爆破により残った岩の一部が、公園用地に取りこまれ、周辺住民の拝所として利用されている。」

 現在はひっそりと公園内に岩場があり、埋立られ周辺の様子からここが岬であったことが容易に想像しがたい。拝所として、小さな祠とその脇には「美女留」「弥勒神」「土帝君」の3つの名が刻まれた石と香炉が並ぶ。燈籠のように囲まれた井戸もあり、かつては清め水として使用されていたとか・・・。すぐ近くに線香がたまっていたので、昔の面影が消えつつある今でも拝所として活きていることがわかる。

 ワクワクしながらそんな拝所の様子を撮影している頭上を何機ものオスプレイが飛んでいた・・・しかしすごい重低音である・・・。

 

 

 

 文化センターのロビーの小さな一画にて、来客者の方々に季節の雰囲気を味わってもらうためにお正月飾りをしてみました!

 そして、文化センターの玄関にあるシーサーがそろいました!今までひとつ「阿」しかいなかったのですが、「吽」がやってきましたよぉ~。これでセンターは魔よけバッチリで、「阿」君もひとり寂しくないですねぇ~。あっ、サイズが違うのは愛嬌で(笑)

 そして、そして、今年初みーちゃん。今年も変わらずマイペースに過ごしておりますよ!ご飯食べて、その後は寝る!寝る!寝る!画像は館長のディスクの足元にて・・・ここはストーブがあり、暖かいことを知ったみーちゃんはすかさず寝床にしました!!

  
  
  


2012年12月21日(旧11月9日)天気:☀→☁ 気温:23/16 (歴文センター:tama)

 12月も後半にさしかかりました。今日21日は二十四気・冬至になるようです。旧暦では11月に入ったばかりなので、冷え込みはこれからでしょうか・・・今帰仁城跡でも桜がちらほら咲き始めましたよ!!

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 12月前半は、お墓調査や字誌や出張(県内)など盛り沢山でした!簡単ではありますが、画像にてご紹介。

 まずはお墓調査の様子です。今帰仁村内のお墓で、いくつかある甕の中でフタが割れているものがあったのですが、親族の方が器用に復元!!お見事でした!!

 フタの内側に銘があるので、外からセメントで固めて最後は無事に甕へかぶせられました!!

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 県内出張は、沖縄市へとお出かけしてきました。幼稚園生達による「生活発表会」がありました。園児達による歌やダンス、そして何より感動したのは“昔童ぬ唄遊び”と題して「てまりうた」や「いったーあんまーまーかいがー」などを見事なウチナーグチで歌いあげます。これらも指導者の志の高さや子供達を思う気持ちの寛大さなどが合わさってできるものでしょう。ぜひ、今帰仁村でも真似し、取り入れたい素晴らしい光景でした!!

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 子供達の発表会を見学した後は、おいしいお昼をいただき・・・ここでも素晴らしいお話しを聞かせていただき・・・ひょんなことから越来グスクの見学まで行ってきました!!そして、越来で出会った「筋骨隆々のシーサー」と「越来にゃ~」と「沖縄市のマンホール」何のデザインですかねぇ~?

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 生き物ネタということで・・・3つご紹介!!

①先日、今帰仁城跡に迷い子の仔猫が!!どこから来たのでしょうか・・・そしてその後どこに行ったのでしょうか・・・

 ②発掘現場に現れたのは、天然記念物のイボイモリのイボさん!!これまたかなり大物です!!観察し撮影後は、人に踏まれたりしないようになど考慮して近くの自然へとはなしました。

 ③草刈り中の館長からお呼びがかかり行ってみると、カエルさんが!!調べてみるとどうやら、シロアゴカエル。外来種ですなぁ~。

生き物好きのtamaは大興奮でいずれも写真撮りまくりでした(笑)

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2012年12月4日(旧10月21日)天気:☀ 気温:20/16(歴文センター:tama)

 2010年11月10日「ゆら~ゆら日記1」に豊見城市の高安と饒波の龕屋を紹介したことがあります。それは偶然見つけたものだったのですが・・・それから2012年9月24日(旧8月9日)に字高安にて、その龕屋の祭祀が行われた。12年に一度の盛大な祭祀なだけに見に出かけることにしました。その様子を画像と資料参考に簡単にではありますが、まとめてみました。

 龕は、国語辞典を引いてみると①岩壁を掘りあけて仏像などを安置したもの。仏像を安置する、石や木材で造った厨子。②ひつぎ。

 ここでは②のひつぎにあたり、その龕を納める場所を「龕屋」という。地域によって様々な呼称があり、ゴー、コー、ガンガラゴー、タカラムンなどがある。

【饒波(のは)】(豊見城市)

 と、その前に寄り道・・・(笑)。高安のお隣、饒波の散策をしてみました!

 まずは公民館と道路脇のタンクが並ぶの図。

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 「ビジュン」を探して歩きます。住宅街の中にポツッとある毛(モー)を発見!ここが怪しい!と、思ったら正解!鼻がききます(笑)。以下は市史より引用させていただく・・・。

 「琉球石灰岩で作られた祠があり、三体の霊石が祀られている。夜泣きや癇の虫、皮膚病が治るなどの霊験があるとされ、また饒波のビジュンは女神なので村には美人が多いともいわれる。」(『豊見城市史 第二巻 民俗編』08’)

 ちなみに、9月13日には「ビジュンへーシ」とよばれる子どもの健康祈願をする祭祀があるようだ。

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 続いて、ビジュンからほど近い場所にあるウタキ。ウタキ内には祠や古墓、井戸などがいくつか見られる。古墓には「野呂之御骨」とかかれたもの、「玉城代 今帰仁代 大城代」とかかれたものなど見られる。8月に今帰仁マーイを行う。かつては門中行事であったが、復帰後は字行事になったようである。その際、恩納村の山田グスクや今帰仁グスク、運天、今泊親川カーなどを巡るようである。何と!!今帰仁と繋がりましたね!!

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 饒波の龕屋です。石灰岩?木戸で雰囲気がありますね。饒波では8月9日にコーヌ祝いという祭祀があります。以下は市史より引用させていただく・・・。

「この日は、遺体を納めた棺を墓へ運ぶ龕を制作した日といわれ、龕の誕生祝いとともに区民の健康と長寿を祈る。特に卯年のコーヌ祝いは、十三年マーイといって盛大に行われる。・・・(省略)・・・字民の健康祈願をする。これは、不幸が続いて頻繁に龕屋を開けることのないようにとの意がある。」「饒波の龕は昭和四十年代まで使われ、平良や高嶺にも貸し出された。」(『豊見城市史 第二巻 民俗編』08’)

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【高 安(たかやす)】(豊見城市)

 今回祭りが行われた高安へと移動。こちらも散策してみました。

 「ビジュン」。こちらも住宅街の中で、なかなか見つからず・・・苦戦しました。以下は市史より引用させていただく・・・。

「小祠の中に丸みのあるニービヌフニ(細粒砂岩)一個を霊石として祀っている。毎年9月13日のビジュンヘーシには、字民全戸が各自参拝して無病息災や家内安全を祈願し、あわせて出産や家屋の新築などを報告する習わしになっている。」

「・・・(省略)瀬長の浜から取ってきた珊瑚をビジュンに供えるのも当役の仕事であった。」

(『豊見城市史 第二巻 民俗編』08’)

 饒波同様に、こちらのビジュンにも霊験があるとされ、いくつかの逸話が残されている。

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【高安のガンゴー祭】

「高安のガンゴー(8月9日) 高安では、野辺送りで遺体を納めた棺を墓へ運ぶ輿である龕を字で所有しており、ガンゴーはその龕の年季祝いの儀礼である。

 12年に一度の辰年に龕の補修を行い、行列や余興などもある盛大なガンゴ-が行われるが、それ以外の年は無病息災を祈願する御願のみが行われる。この日は、各家庭でもチャワキなどを供えて祖霊を拝し、ガンゴーの日に当たることを報告する。」

(『豊見城市史 第二巻 民俗編』08’)

 ガンゴーは通常の年の時と、辰年(十三年廻り)の時がある。今回はその辰年(十三年廻り)の様子である。

【平成24年(辰年)龕ゴウ祭プログラム】

1.龕ゴウのウガン
2.全体集合
3.両元のウガミ
4.道ズネー
5.龕屋でのウガミ
6.コーヌユーエー(祝賀会・敬老会)
 全体集合からの見学の様子を報告します。

 公民館前の広場にて龕はありました。鶏や饅頭、お神酒、御飯などの供え物が並んでいました。広場にて男性たちが奉納棒術を行います。その後「宜保殿内」と「波平」の二手にわかれて御願です。

 今回は宜保殿内に同行させていただきました。ここでも広場同様に「かぎやで風」と棒術の奉納を行いました。

  

  

 

 二手にわかれて御願後は再び公民館前に集合し、それから龕を納めるため、龕屋まで道ジュネーを行うのですが・・・あいにくの雨模様・・・納める前に龕屋前でも奉納踊・棒術が行われ、龕屋と向かい合うようにある「シーシヌメー(獅子様)」にいる人と合図をおくり同時に御願をします。そしていよいよ龕は龕屋へと納められて、12年に一度のお祭りは夜の余興へとうつっていきます。(今回はここまでの調査となります。)

  

  

 

 ここで“獅子様と龕”の面白い民話や言い伝えなどがありましたのでチラッと紹介。市史によりますと・・・

 「(省略)・・・獅子に龕を睨ませ龕の霊を鎮めるという意味があり、死者を納めて棺を載せる龕の死のけがれに対する魔除とされる。」とある(『豊見城市史 第二巻 民俗編』08’)。

 当日配布していたガンゴ-祭パンフレットには“「龕」と「獅子」のけんか”と題して・・・

 「シーシとガンのけんかは、村中にひびきわたる大げんかでありました。それが毎晩続くので夜もねむれずたまりません。村中の人々はガンとシーシをひきはなし、元の静かな村になった。」というものなどがあります。

 12年に一度、ムラがにぎやかになる様子を見る事ができるという感動を今回も感じることができるいい調査でした♪


2012121日(旧1018日)天気:☁→☂ 気温:2117(歴文センター:tama

 朝夕、グッと気温が下がるようになってからピタリとオオシマゼミの鳴き声が聞こえなくなったような・・・今年は台風の影響でサシバの飛来数も減ってるようですね・・・暖冬だとも言われていますが、今年の冬の寒さはどうなるでしょうか??

 さて、12月(師走)ですね。旧暦はまだ10月なので寒さはこれからでしょう。

 11月2日に行われた子どもたちによる自然体験が新聞に載っていましたのでご紹介♪(記事:2012年11月28日:琉球新報より)(日記に関しては11月17日に更新済)

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 11月28日は窓口研修会で運天巡りへ。そこで“運天にゃ~”と遭遇したのですかさず撮影!なかなか可愛いやつです♪神アサギにて休んでいるのを追いだしてしまいました(笑)

 

 11月30日にムラ・シマ講座の下見へ「本部町字辺名地」へ!!詳細は後日お伝えするとして・・・ここではちょっと可愛い子を紹介!!

 “仲村家”の動物達。方耳たれた“仲村ワン”と、縁側でお休み中の“仲村にゃ~”です。ワンちゃんはあくび中ですが・・・何かアゴはずれたみたいになってるぅ~(笑)

 そして、本部町のマンホール。カツオと桜ですね♪

 

  


2012年11月28日(旧10月15日)天気:☁ 気温:23/15 (歴文センター:tama)

2012年11月1日に子ども達が発掘体験を行った様子が新聞に載っていましたのでご紹介♪(2012年11月25日・琉球新報)

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 2012年11月21日(水)に文化財の方々が中城城跡の発掘現場の視察に行かれるということで、tamaも同行させてもらいました!!

 身近にありながら、なかなか発掘現場の様子などを見る事がない私にとってはとてもいい経験でした。

中城城跡での視察後はお待ちかねのお昼タイム♪今回は金武へと移動して、チーイリチャーで有名な食堂へ!!堪能した後は歩いて金武のウッカーへ行ったのですが、久しぶりに行ったら綺麗な公園に整備されていましたよんっ♪エビ捕りをする子ども達の姿がとてもよかったです。身近にこんな自然があるのはいいですねぇ~♪

その後は宜野座博物館と名護博物館へと見学に行きました。どちらも企画展開催中で、宜野座博物館では「宜野座村の山と人々の歴史」というテーマでの企画展。宜野座には多数の山があるんですねぇ~。「ガラマン」って施設や報告書の名前で知っていましたが、ガラマン岳が由来なんですね!

名護博物館では「名護の川と自然」というテーマでの企画展。名護にあんなに多くの川があることに驚きました。我々が行った時はちょうど地元の小学生達が学習のために訪れていて、水槽の中の生き物たちをスケッチしていて、賑やかでした♪

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 同日の19:00~は諸志誌のあつまりでした。今回は昭和52年豊年祭の記録ノートより、長者の大主セリフの読み合わせや出演者の方々の名前の読み方などを聞き取りしました!(詳しくは館長のページにて!!)このテーマで次回も聞き取り作業を行います。

 テーブルには旬のみかんも並びました!ビタミン取りながらの編集会議(笑)

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 2012年11月24日に城跡に珍客・迷い犬が!一時保護することになりました。2匹は兄弟でしょうか・・・目はハスキーのようで、足が短く太く、クリーム色をしていたのですが何だか大東犬のようでした。人なつっこくて可愛くて♪(週明けには保護されていきました)

 みーちゃんもこの珍客には毛を逆立てていましたが(笑)その後、久しぶりに老人クラブが開催されていました(みー&トラ)♪

  

  

 2012年11月27日は「ヤガンナ島」へと渡りました(詳しい内容は館長のページにて!)。お墓だらけの島へ、ゴムボートで渡ります。何より気になってしょうがなかったのが・・・手作りボート?で海原を漂うおじぃ!!(@_@;)

 どこから来て、どこへ行くのでしょうか・・・目を離したすきにいなくなってしまったのですが、凄く気になってしまいました・・・。

  

  

 みーちゃん・・・碑文の陰からチラッ!!可愛いお顔が覗いています♪

  


2012年11月20日(旧10月7日)天気:☀ 気温:23/16 (歴文センター:tama)

 気が付くと「Tama2」になっていますね・・・画像がいっぱいになったからとか・・・よろしくお願いします!!

 ある日、退職教職員(二水クラブ)の方々がお見えになり、城跡などの史跡を訪ねられそしてセンターにもお越しいただいた。その中には「仲宗根政善先生の教え子であり、学徒としての経験がある」という3人の方が企画展をぜひ見たいとひと足先にやって来ました!

 展示室に入るなり、仲宗根政善先生の写真をみるなり「あらあら先生がいらっしゃる!」と写真に会釈をされていた。それから貴重な思い出を語っていただきました!!

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 ある日、展示ケース内の電気の交換をする館長の図。器用ですねぇ~。見てると何だか面白いのでシャッター切りました(笑)

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 ある日、みーちゃんが芝生の上で足を投げ出しお休み中の図。と、文化財である碑文と並ぶみーちゃんの図。です!!
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2012年11月17日(旧10月4日)天気:☁/☂ 気温:25/19(歴文センター:tama)

2012年11月1日(木)

 兼次小学校4年1組さんが発掘体験のため、今帰仁城跡にやってきました!

 まずは文化財のお兄さんから説明を聞き、実際に掘っていくのですが・・・すぐに遺物を発見できるグループやギリギリまで見つからないグループなど・・・小さな石か?はたまた遺物か?と、みんな一喜一憂して休憩も忘れてスゴイ集中力で掘っていました!

発掘体験後は、文化財のお兄さん達に質問タイムです♪みんな「また来たい!楽しかった!」と感想を述べてくれたのがこちらも嬉しかったです。ここから興味を持って、未来の考古学者誕生になるでしょうか!?

 最後に「館長に渡したいのがある!」と持ってきたのは、手作り新聞です!以前、センターで“自分達の地域の宝物さがし”ということでお勉強したことをまとめてくれたということで・・・さっそく一番目立つエントランスに掲示しましたよ♪

 子ども達の力作を見にきて下さいねぇ~~~。

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2012年11月2日(金)

 兼次小学校3年生。今帰仁城跡周辺の自然についての学習会にやってきました!親川(エーガー)からハンタ道を歩いていきます。耳をすませて虫や鳥の声を聞いたり・・・植物や石やさまざまなものに目を向けてもらいます。「これは、ヤギが好きな草!この木でゲタを作ったんだ!」などなど、館長が解説してくれましたよぉ~。それから交流センターへ移動して、なかなか見れない川の生き物たちを水槽内で展示しているのでここで観察です。ここでは上間さんが解説!(村青年会会長。イルカやクジラに詳しいお兄さんである♪)みんな食い入るように水槽内を見ています!エビやカニやタメトモハゼなどを観察し・・・在来種や外来種についてなども教えてもらいましたぁ~。

 それからセンターにて、スライドにておさらいをします!3年生、よくがんばりました!

  

  

  


2012年11月6日(火)

 窓口業務の方々と共に研修会シリーズです!今回は字運天めぐり。運天には為朝伝説の地や百按司墓、大北墓、大和墓(その他古墓)、歴史ある運天トンネルや可愛い神アサギなどを見てまわりました!

 最後にちょっと屋我地まで足をのばして、オランダ墓へ。そこからは対岸の運天古墓群を望むことができます。

 前回同様みなさんには「普段なかなか自分達だけでは行けないとこだったり、解説付きだし、本当にありがたい!」とのコメントいただいきましたぁ~~~。

  

  

  

2012118日(木)

 この日は沖縄県地域史協議会の宿泊研修会。研修先は国頭村安波・やんばる学びの森。朝早くから出発して、ムラ・シマ講座in奥間の下見へ出かけたのですが・・・みんなでエライこっちゃ~(@_@;)になってしまいました。それはくっつき草のトラップにかかったのです!その後もず~っとみんなで服にびっしりついた草を一心不乱で取っていました・・・

 画像は奥間グスク。獅子小屋を開ける白い背中。獅子小屋前のスライムみたいな石。奥間カンジャヤー前にてヘビの抜け殻。道の駅前でくっつき草とりをする2人。昼食のイノブタ丼!

 気になったので、くっつき草について調べてみました。あれは“引っつき虫(草)の中でもたちの悪い部類”らいしです。(;一_一)

 「ササクサ」というイネ科の植物で、葉がササに似ていることからこの名がついたとか・・・付いた草(小穂)を取ると何と外側だけ取れて、中の小さいのが残るのだが・・・こいつが厄介で、針がガッシリとついてチクチク痛いし、粘り気もあるときた!!“引っかかりやすく、散布されやすい構造”を持っているという・・・。

 外来種かと思ったが、分布としては本州(関東以西)から琉球列島とある。外国(アジア)にも分布。皆さんも気をつけてくださいね!!

 ちなみに・・・対処方法などはないかと検索してみましたが・・・う~ん。

  

  

  

 ひっついた草に気を取られながら会場へ向かう一行・・・(笑)

午後からは研修会です。講演①「二つの復帰を生きて」と題して津留氏のお話し。実体験ということもあり、瑞々しく力強いもので、奄美の復帰・沖縄の復帰のこと、そして今後の奄美や沖縄の教育についてなどにお話し下さいました。何よりも津留氏は、はつらつとして実年齢よりお若いっ!!

講演②「やんばるの自然と民俗と-絶滅する記憶-」については当山氏がお話しくださいました。やんばるの山奥にひっそりと残る昔の人の生活の跡や、かつてあった山の小さな集落についての聞き取り調査についてで、すごく興味深いものであったのですが、統括で話されていたように、語り部が消えようとしていると同時にその記憶の自然も同じように消えようとしている現状を伝えて下さいました。

報告として、名護市史『芸能編』の発行にともない、構成・編集・発行にいたるまでの発表だったのですが、みなさん同じように本をつくる立場として興味津々で質問が飛び交っていました。そして・・・ありがたいことに私も「祭祀-安田のシヌグを事例に-」ということで参与観察記録を発表させていただきました!この場をかりて、お時間いただきありがとうございました!!

さて!お待ちかねの情報交換会です!おいしい料理が並びます。やんばるの食材を使ってのおもてなしで“ヘゴ”などが出て来ましたよぉ~~。そしてサプライズのお祝いをして、花束とケーキが!!その後、星空の下で宴会は続きました・・・。

  

  

  

  


2012年11月9日(金)

 早朝、私は残念ながら気が付かなかったのですが、ヤンバルクイナの声が響いていたそうです!さぁ、朝食は眺めのいいテラスで緑に囲まれて♪

研修2日目は巡見ということで、やんばる学びの森内のトレイル散策を行います。と、その前に・・・ガイド役を務めてくださる城間氏による、やんばるの森や生き物についてのレクチャーを受けました。城間氏は学生時はケラマジカを調査研究していたとか!なんと!tamaはこのケラマジカに会いたいがために島に渡った思い出が(笑)ちなみに、チラッと見る事できましたっ♪では森の中へ・・・よぉ~く目をこらして見ると、落ち葉にまぎれたカエルやトカゲモドキ、ノグチゲラなどの生き物に植物達にと観察することができました!!

  

  

  


20121110日(土)

 さてはて、ムラ・シマ講座in奥間です!講座の様子は館長のページでもすでに紹介されていましたが・・・今回いちばん衝撃だったのが“巨大ムカデ”。車にひかれてペチャンコだったのですが、巨大なだけでなく黒いし\(゜ロ\)(/ロ゜)/これは地球外生命体に違いない!!

 

  


20121111日(日)

 やんばる学研究会です!講演は「泡盛の歴史と文化」と題して島袋氏によるお話しで、床の間には泡盛甕に三線という情景を持つ島袋氏のお話しはとても味わい深いものでした!6名による研究発表は、さまざまな視点から切り取られた“やんばる”を感じることができる有意義な時間でした。発表者及び参加者、運営委員の皆さまありがとうございました!!

 司会は我ら丑之介氏である!素晴らしい司会進行ありがとうございました!!

 

  


2012年11月16日(旧10月3日)天気:☀ 気温:24/16(歴文センター:tama)

 最近、たまたま見つけた記事や最近見た映画、最近出かけた場所などをご紹介!!

 『月刊 文化財』という冊子にて、気になる記事をみつけたのでご紹介します。

 松田氏による事例紹介として「名勝ピリカノカ-アイヌ文化に由来する北海道の自然名勝-」(正しい表記は下記にて・・・)記事にはアイヌ文化に由来する地名や伝承をもつ土地・場所を指定し保護していく取り組みが進められているということが記されている。それには条件や取り組み、課題などもあげられているのだが、これもアイヌ文化が“生き残る”ひとつの方法なのかもしれない。

 さて、これは沖縄あるいは、離島、やんばるでも応用できないであろうか??

 上記のアイヌの場合は“今も現地で感じることができる”というのがひとつの条件のようで離島や、やんばるでは辛うじて面影が残るものの、都会化が進む場所では名勝にするには難しい・・・しかし、地名を残すことに繋がればと思う。それが、やんばる文化の“生き残り”に繋がれば・・・。そんなことを考えていると、沖縄の高速道路の陸橋に小字名が記されているのを思い出した。

 ちなみにピリカノカはアイヌ語で「美しい・形」という意味である。

 沖縄 宮古島に残る神歌(かみうた)と古謠(アーグ)。歌い継ぐ人々の深淵なるドキュメント映画が『スケッチ・オブ・ミャーク』である。県外出身の監督で“余計なもの”が無い者がつくった作品だったことが私には凄く良かったなぁ~と感じました!

 映画を観てさまざま思う所があるのだが・・・「やはり“繋がっている!”」と感じた・・・。言葉で説明は難しいのだが、今回のことをいえば私には“熊野”と繋がった!今年5月に私は紀伊半島へと旅に出たのだが、その旅で感じた「“原点”や“本来の姿”」というものがこの映画でも強く感じることができたし、それは宮古と熊野が繋がり、私自身と繋がったのだ・・・

 観なくても生きていける・・・しかし、観たら心満たされる作品のひとつであろう。

  

 とある日の休日、遠出するのを機会にずっと行ってみたかった宜野湾のターブックヮへと足を運んでみました!

 住宅街より一歩入ると一面に拡がる田イモ畑。その先には大きな幹線道路にショッピングセンターなどのビルがニョキニョキと立ち並ぶ・・・異様だ・・・しかも畑の真ん中に途中で切れた大きな橋が?道?が・・・異様だ・・・

 それらから救われるのは・・・ターブックヮにはさまざまな生き物がいて、畔道を歩いていると水の流れる心地よい音が聞こえること。

 さすが、周りには水が豊富でいたるとこにカーが確認できたが、どれも水の勢いがありスゴイ!これがターブックヮを支えているのだろう。休日ということもあり、近所の子ども達が水路を覗きこんでいた。エビ捕りかな?

 周辺いくつかのカーを巡り歩いた。あるカーの碑には下記の内容が摩耗しながらも読みとることができた。(この記念碑は香炉代わりにもなっているようだった。)

「1948年11月5日 吉日 新築記念 大山北区一同」

 また、可愛らしいトンネル付きのカーがあった。青いバケツがイイよね♪

トンネル内を覗きこむと、中は水の道・隧道になっていた!!

はて??この水はどこから来ているのだ??

カー横の道を少し登ると・・・なんと国道58号線に出た!!何度も通ったことある道である!!今この時も車はすごい勢いで往来している!!その真下を水は旅をしているのか!?

 国道から向かい側には緑が見えるが、そこから流れているのだろう・・・。何だか不思議な感じがしてしょうがないし、この事実をどれくらいの人が知っているのだろうかとも思った・・・皆に教えてあげたいものだっ♪

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20121115日(旧102日)天気:☁/☀ 気温:2116(歴文センター:tama

 9月、10月の動きを大慌てでまとめましたが、そのおまけとして・・・台風・城猫・博猫と題して画像を紹介!!

 どんなに忙しくても、ネコ達のスナップは地道に撮りためているtama。調査ネタより、ねこネタがメインじゃないかとつっこまれそうですが(^_^;)優しい目でみてやって下さい!!

【台 風】

 今年9月、10月は台風の当たり年でしたね・・・特に17号には各地で猛威をふるい、多大な被害を受けたことでしょう。遅ればせながら、お見舞い申し上げます。

 こちら今帰仁城跡や村内史跡等も例外ではありません。今はすでに復旧しましたが、台風後の様子を撮影したので画像でちょっと紹介したいと思います。

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【城 猫】

 9月、10月・・・お城のネコちゃん達のスナップを♪

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【博 猫】

 9月、10月のみーちゃんスナップ♪

構ってほしくて、館内にて目立つ所でアピールをしています!!

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 久しぶりに見たトラちゃん。冬毛になってましたよ!もっさもっさ!

(この画像を撮った時よりも現在はより、もっさもっさ!(笑))